サラリーマン記者の“情けなさ”がチラリ? 漆間氏のオフレコ発言で山崎元の時事日想・出版&新聞ビジネスの明日を考える(1/2 ページ)

» 2009年03月12日 07時00分 公開
[山崎元,Business Media 誠]

著者プロフィール:山崎元

経済評論家、楽天証券経済研究所客員研究員、1958年生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱商事入社。以後、12回の転職(野村投信、住友生命、住友信託、シュローダー投信、バーラ、メリルリンチ証券、パリバ証券、山一證券、DKA、UFJ総研)を経験。2005年から楽天証券経済研究所客員研究員。ファンドマネジャー、コンサルタントなどの経験を踏まえた資産運用分野が専門。雑誌やWebサイトで多数連載を執筆し、テレビのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『会社は2年で辞めていい』(幻冬舎)、『「投資バカ」につける薬』(講談社)、『超簡単 お金の運用術』(朝日新書)など多数。ブログ:「王様の耳はロバの耳!


 西松建設の政治献金問題に関して、漆間巌(うるま・いわお)官房副長官が記者達に向かって、「捜査の手が与党の議員には及ばないだろう」と発言したとされる件が問題になっているが、この件はメディアと取材される側の関係を考えるケーススタディとして興味深い。

 報道によると、漆間氏の問題の発言は、複数メディアの記者を集めてオフレコを前提に話をする通称「記者懇」の席でのものだった。「政府高官」の発言として、発言者の名前を特定せずに引用してもいいということが両者の暗黙の了解になっていたようだ。だが発言内容が重大だとして、後になってからメディア側が漆間氏にオンレコ(実名報道)ベースへの変更を求めたが、漆間氏がこれを拒否。しかしメディア側は、漆間氏の名前を報道することになったというのが、大まかな事の顛末だ。

オフレコの約束を破る可能性も

 物事の善し悪し以前に、日頃「政府高官の発言」などと行った形で引用される官僚や政治家の発言報道の多くが、いわば馴れ合い的な場でなされている。またこうした場での発言を、各社横並びで報じていることを確認しておきたい。

 漆間氏の側では「オフレコと言っておきながら、後からオンレコを求めたり、オフレコの発言を実名報道するのは、メディア側のルール違反だ」という気持ちがあるだろうと推測する。

 ただしオフレコベースの発言とはいえ、漆間氏に油断があったといえる。「もしこれが報道された場合、発言元が詮索されるかもしれない」と予想される発言をメディアに行った点だ。漆間氏が捜査の情報をどの程度持っていたのか、また捜査に関して政府側から何らかの指示があったのか、事実は確認のしようがないが、彼の立場を考えると発言は軽率だったと言わざるを得ない。

 もともと、オフレコとはメディア側の好意による一方的な取り決めに過ぎないもので、先方の都合によってほごにされることがあり得る。取材される側では、常にメディアの裏切りの可能性を意識しておかなければならない。これは、是非とも認識しておくべき原則だ。

 メディアがオフレコの約束を守ると期待できるのは、約束を破った場合にその後の情報収集に不便があり、その方が重大だとメディアが考えるときだけだ。自分がまだ話さずに持っている情報の価値やメディア側(記者個人も、会社も)が約束を破ることで被る損失の評価を誤った場合、オフレコの約束が破られることは十分あり得ると覚悟しなければならない。オフレコ取材を受ける側は、約束のいわば「担保」の評価を常に意識する必要がある。

 漆間氏のように継続的に情報を持つ立場ならいざ知らず、通常の民間人がメディアの取材を受ける場合は、そもそもオフレコを明確に約束して話すことができない場合が多いし(後から「これはオフレコに」と指示しても、メディアがいうことを聞くとは限らない)、メディアがオフレコの約束を破る可能性があることを常に考えておかなければならない。

 逆に取材する側の立場に立つと、今回、オフレコの約束をほごにして漆間氏の名前を出した以上、今後、漆間氏から(取材源となるほかの人々も警戒するだろうが)重要な情報を取りにくくなることを覚悟しなければならない。今回、この件がそれに値するものであったかどうかは、人によって判断が分かれるところだろう。

 「他社が書くなら、ウチも書く。取材源側でも、メディア全体と縁を切るわけにはいかないだろう」という判断は、サラリーマン記者(及びデスク)として、赤信号をみんなで渡るような情けなさが漂うが、一方で十分現実的でもある。しかし、オフレコを事後的にほごにして失うものがあるのも事実だ。今回報道された発言だけでは、いわゆる「国策捜査」に関する具体的な手掛かりが得られたわけではない。もう少し深い情報を取ることに賭けてもよかったかもしれない。

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