“転職の親”を裏切ってはいけない。義理の世界で生きているのだから山崎元の時事日想(1/2 ページ)

» 2009年02月12日 07時00分 公開
[山崎元,Business Media 誠]

著者プロフィール:山崎元

経済評論家、楽天証券経済研究所客員研究員、1958年生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱商事入社。以後、12回の転職(野村投信、住友生命、住友信託、シュローダー投信、バーラ、メリルリンチ証券、パリバ証券、山一證券、DKA、UFJ総研)を経験。2005年から楽天証券経済研究所客員研究員。ファンドマネジャー、コンサルタントなどの経験を踏まえた資産運用分野が専門。雑誌やWebサイトで多数連載を執筆し、テレビのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『会社は2年で辞めていい』(幻冬舎)、『「投資バカ」につける薬』(講談社)、『超簡単 お金の運用術』(朝日新書)など多数。ブログ:「王様の耳はロバの耳!


 唐突で恐縮だが、筆者は、かつて東映が多数制作したヤクザ映画が好きだった。高倉健、鶴田浩二らの大スターの若いころには華があったし、菅原文太主演の『仁義なき戦い』のリアリティも良かった。20代の一時期、会社が面白くなかった時期があったのだが、このころはしばしば、会社を定時に出てヤクザ映画の3本立てを見ていた。

 かつてのヤクザ映画の基本的なストーリーは、「義理」の世界に縛られる主人公が、理不尽を耐えに耐えて、ついに怒りを爆発させて、観客をスッキリさせるというものだった。筆者が見たヤクザ映画の中にしばしば出てきた印象的なセリフは「親には逆らえない」(親分は親のような存在だから、逆らえない)というものだった。

 もっとも今の若い人の場合は「親に逆らってはいけない」という倫理自体が実感できないかもしれない。子どもの数が減って、1人の子どもに掛ける手間と費用(特に教育費)が増えているのに、皮肉なことだ。

 また所属している組を破門されると、ほかの組にも雇ってもらうことができないし、恨みを買っていれば、身に危険が迫るという設定も多かった。

転職で辞めて行く社員への風当たり

 さて、かつての(ざっと20年前をイメージしてほしい)企業社会では、昔のヤクザ映画と似た原理が働いていた。まず、上司に逆らうことはできないという常識が、今よりもずっと強力だった。それでも逆らう社員がいるのは、今と同じだが、上司に反対意見を述べる際の覚悟は、今以上だったと思う。

 このことは勤めている会社を辞めることが、今よりも大変なことだったという理由によって強化されていた。また会社を辞めた人への風当たりは、かつてのヤクザ映画の世界でいう組を破門されたヤクザを彷彿(ほうふつ)させるものがあった。

 当時は、転職するので会社を辞めるという社員を、「裏切り者」呼ばわりしたり、もとの会社には「絶対に戻さない」と言って送り出していた。ひどい場合には「同じ業界では、働けなくしてやる」といった、脅しの捨て台詞を浴びせられることもあった。

 しかし1990年代の半ばくらいから、転職が一般化したため、転職で辞めて行く社員への風当たりは、ずいぶん減った。また多くの会社は、退職者が世間に発するメッセージが自社の評判に大きく影響することに気が付いた。会社によっては、かつて辞めた社員を再び採用する“出戻り”を許すようにさえなった。会社側はその人の能力や人柄を把握しており、採用される側でも会社の様子をよく分かっているのだから、出戻り社員の採用は合理的なオプションだ。

外資系企業の対人関係は、日系企業よりも濃密

 それでは、現在の転職者が「義理」に近い感情あるいは立場を持っていないのかというと、それは事実と異なる。

 転職者にとって、会社生活の「親」に相当するのは、自分の転職を実質的に決めてくれた意思決定者だ。これは、多くの場合は直属の上司になる人だろうが、そうでない場合もある。いずれにせよ転職者に目を掛けてくれて、採用しようと決定してくれた人が、いわば「転職の親」。この人に敵対してはいけないし、できれば恩を返さなければならない、と考えるのが、転職の暗黙の常識だ。

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