中村誠、32歳。静岡県出身、東京の中堅私立大学を卒業し、彼女いない歴3年。加工食品メーカー「アイティフーズ」に入社してちょうど10年目を迎える中堅社員です。誠が社会人として働いてきた10年間は、日本経済が停滞し“失われた10年”といわれた時代。年功序列制度が成果主義に代わり、後輩が入らず今までずっと下っ端として働いてきた誠も、そろそろ「中堅社員」と呼ばれる年代になってきました。
これまでマネジャーとすら呼ばれたことがない誠は、ある日突然、社内プロジェクトのリーダーに登用されます。ビジネスリーダーの心構えとは? 部門横断型のプロジェクトを成功させるコツとは? 本連載では小説形式で、誠が奮闘しながら成長していく姿を描いていきます。
新製品開発のため、部門横断プロジェクトのリーダーに抜擢された中村誠。師匠と仰ぐコンサルタント、星野仙八の指導を受けながら、誠は徐々にリーダーとしての自信を付けてきていた。プロジェクトはどのような商品を作るかの検討段階に入っていた。(登場人物一覧は記事の最後にあります)
「高濃度な大豆イソフラボンを使った新製品を開発せよ」――プロジェクトは現状分析を終え、どのような商品を作るかの検討段階に入った。「死の谷」という踏ん張りどころを何とか乗り越えようと(参照記事)、プロジェクトリーダーの中村誠は、コンサルタント・星野仙八の手ほどきを受けながらパネル分析のやり方を習得していった。
必死の努力の甲斐あって、チーム討議では、メンバーの中で1人だけ実際に試作品を作ることにこだわる飲料開発部の坂口賢二を説き伏せ、パネルを使った消費者調査を実施することでメンバーの協力を取り付けた。会議の後、誠がホワイトボードを消していると購買部員の小栗順が近寄ってきた。
小栗 中村、今ちょっと話してもいいか?
誠 うん、いいけど。
そう言いながら、購買部長から苦情があったという話を聞いていた誠は、また何か責めたてられるのではないかと内心ビクビクしていた。
小栗 お前さ、リーダーになってからいろいろと勉強したみたいだな。コンサルタントに教わったにしろ、今日みたいな分析は今の俺たちには確かに有効な手段だと思う。実はな、一緒に入社した時から、中村はお人好しでボーッとして気の利かない奴だとばかり思ってたんだが、実はガッツがあるって、見直したよ。
誠 別に、そんな……。
今まで心理的にも距離感のあった小栗の口から思いがけないことを言われて、誠は返事に詰まってしまった。
小栗 最初お前がリーダーって聞いたときには、はっきりいって気に入らなかったが、さっきの「チームメンバーの作業時間を節約するためにも分析方法は一工夫した」という説明、あれには感心したぜ。それにプロジェクトに使った工数※を集計してそれぞれの上司に直接報告してくれるのも助かるしさ。
誠 いや、そっくりそのまま師匠の受け売りだから……。
小栗 それにしたって、俺たちメンバーのことをよく考えてくれていることは分かった。そこでお前をリーダーと見込んでの相談なんだが、ウチの部長にプロジェクト活動で工数削減の努力を図っている話をしてもらえないか?
誠 ……?
けげんな顔の誠に、小栗はニヤニヤしながら言葉を続けた。
小栗 独り者のお前に家庭の事情を話すのもなんだが、実はプロジェクト参加が決まる直前に子供が生まれたばかりなんだ。購買業務とプロジェクトの両立となると時間配分が難しい。カミさんからも「誰かほかの人間に代わってもらえ」とか言われる始末で、何かと大変でさ。それもあって結構カリカリしてたんだ。だからさっきみたいに、プロジェクトの効率改善で時間に余裕ができるのは、本当にありがたいんだよ。
誠 そういう事情があったのか。でも僕が話にいったくらいで、君の上司が理解を示してくれるのかなあ。
小栗 いや、案外効果があると思うんだ。あの人は若手から直接意見されると無視できないタイプだからさ。そういえばこの間、ウチの部長が東山さんに文句を言ったらしいが、気にするなよ。このプロジェクトが小石川社長の肝いりなのがお気に召さないだけなんだから。
そう言いながら購買部長の顔つきを真似た小栗の様子を見て、誠は思わず吹き出してしまった。このプロジェクトで折り合いの悪かった小栗と和解できたことは、本当に嬉しいと思った。
小栗 じゃ、部長への説明は、よろしく頼むな。
誠 うん。小栗家の子育て円満活動にも協力するよ。
誠 確かに、子どもができたばかりだと、仕事のことばかり考えてるわけにもいかないのかもしれないなあ。これが“ワークライフバランス”ってやつなんだろうか。とにかくリーダーとしては、与えられた工数内でなんとか結果を出す努力を惜しむわけにはいかないし。いずれにしても、購買部長に説明する前に、また師匠にアドバイスをもらわなくちゃ。
ワークライフバランスとは、仕事と生活の両立を目指すこと。あるいは、残業や休暇といった労働時間、キャリア形成や退職者支援、子育てや高齢者介護といった企業の施策目標を表します。
仕事がうまく行くことで生活が充実し、生活が潤うことで仕事がさらにうまく行くようになる――仕事と生活がそのように相乗効果を生むよう取り組むことが、ワークライフバランスの目的といえます。
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