ゴミビジネスが“熱い”理由――ミュンヘン環境メッセIFAT(後編)松田雅央の時事日想・特別編

» 2008年05月20日 17時56分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

松田雅央(まつだまさひろ):ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及びヨーロッパの環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ(http://www.umwelt.jp/)」


 5月5日から5月9日まで、ドイツ・バイエルン州の新ミュンヘン国際見本市会場で廃棄物処理やリサイクリングなど環境産業をカバーする専門見本市「IFAT(イーファット)」が開催された。前編ではIFATの様子とドイツ・ヨーロッパ環境ビジネスの最新動向を紹介したが、後編ではバイオガス発電設備の技術を持つ「ハーゼ」という会社を紹介するほか、生ゴミ発酵処理の現状をレポートする。

 →世界的な課題は「水」、ミュンヘン環境メッセIFAT(前編)

 ゴミ焼却場で生まれる余熱の有効利用は、今や日本でもごく当たり前。ボイラーで発生した蒸気を焼却場で利用し、さらに余剰の蒸気は発電に利用して焼却場で使用するほか、余れば電力会社に売電する。

 ドイツの場合もゴミをエネルギー利用する点は全く同じだが、その取り組みは格段に積極的だ。ゴミを「エネルギー資源」ととらえており、もはや「余熱」という表現は当てはまらない。単なるゴミ焼却だけではなく、ゴミ埋め立て処分場からのガス収集、生ゴミ発酵処理場で生産したガスの利用など手法も多彩だ。

 ゴミがエネルギー資源になるのだから、当然、エネルギー供給を担う会社もゴミビジネスに参入する。

バイオガス発電設備のパイオニア

 5月初めにドイツ・バイエルン州の新ミュンヘン国際見本市会場で開催された上下水道・廃棄物処理・リサイクリングの専門見本市「IFAT(イーファット)」出展企業の1つに、バイオガス発電設備のパイオニア「ハーゼ」がある。ハーゼがバイオガス事業に乗り出したのは30年前。この分野に着目する企業はまだほとんどなかった時代だ。

 バイオガスとは、生物の排泄物、有機物、ゴミ、エネルギー作物などを発酵させて得られるバイオエネルギー資源の一種。例えば、ゴミ埋め立て処分場から発生する可燃性ガスも、有効利用すれば立派なバイオエネルギーとなる。

 ガスはガス用の井戸(1ヘクタール当たり20〜30本)で処分場から吸い出され、それをボイラーで燃焼させて発電と熱の生産に利用する(コジェネレーション)。言葉で書くのはたやすいが、背景に隠された技術的ノウハウは多い。例えばバイオガスは硫黄酸化物や各種不純物を含むため、通常のボイラーはすぐに腐食してしまうし、ガスに含まれる細かい砂もボイラーの大敵だ。

 中でも重要課題となるのは、刻々と変わるガスーの量と組成に対応し、安定して稼動するボイラーの開発である。ガス中の酸素濃度が高くなり過ぎると収集管内で爆発する危険があり、メタンガス濃度が下がり過ぎれば燃焼に支障をきたすから、リアルタイムで組成をチェックする計測機器とボイラの運転をコントロールする高い技術が求められる。ハーゼではいち早くこれらの技術的課題をクリアした。

ハーゼのブース(左)、ゴミ埋め立て処分場とガス収集用の井戸(黒いパイプ)、(右)

減少するガス

 ゴミ埋め立て処分場のバイオガス利用に関しては、もう1つ大きな問題がある。処分場の性質上、発生するガスは年々減少しいつかは止まってしまう。従って、その変化にうまく対応できなければ初期の設備は無駄になってしまう。この点、ハーゼのシステムはコンテナ型ユニットを基本とし、設置・増設・撤去が容易だ。最初は出力500キロワットのボイラを3ユニット(計1500キロワット)設置し、ガスの発生が減ってきたら2ユニット、さらには1ユニットと減らしてゆけばよい。

 ハーゼは設備の販売・リース・独自運営のほか、運転管理者の派遣などを組み合わせ、20種類以上のビジネスモデルをそろえている。柔軟性もハーゼ社のキーワードだ。

加速する生ゴミの発酵処理

 ゴミ処分場から収集されるガスだけでなく、生ゴミの発酵処理場で生産されるガスもまたバイオガスの1つ。ドイツでは環境保全のため2005年から家庭ゴミの直接埋め立てを制限する法律が施行され、その影響で各自治体は生ゴミの分別収集と、生ゴミの発酵処理場建設に積極的だ。ここ数年の新しい傾向である。

 筆者の住むカールスルーエの生ゴミ発酵処理工場を例にしてみよう(参照リンク)。この処理工場が稼動を始めたのは1997年だから、この種の施設としてはドイツでも初期の部類に入る。年間の生ゴミ処理量はおよそ1万2000トン、ガスの収集量は毎時180立方メートル、メタンガスの含有量は60%。この処理場はゴミ埋め立て処分場に隣接し、そのバイオガスを使用するほか、廃木材の燃焼施設も備え、すべてコジェネレーション利用している。

 ここで生産された熱(温水)は処理場で利用するとともに、約2キロ離れた環境住宅地へ有料で供給し、清掃局は年間約20万ユーロ(約3225万円、5月20日時点)の収入を得ている。また電力はすべて電力会社へ売電し、その収入が年間約40万ユーロ(約6450万円)。発酵処理後の固形物は最終的にコンポスト(肥料)に変え、無償で農家に引き取ってもらっているが、将来的には有料化も検討している。

生ゴミ発酵処理場から環境住宅地へ延びる温水供給用のパイプ(左)、発酵処理を終えた固形物(手前)、(右)

ゴミ処理事業とエネルギー事業の垣根

 生ゴミをエネルギーに変えて収入を得られるだけでなく、発酵処理を終えた固形物はコンポストとして利用(処分)できるのだから、まさにいいこと尽くめ。その背景にあるのが、電力の買い取りを保証する「再生可能エネルギー法(EEG)」という社会システム上の仕掛けだ。

 この法律により電力会社はバイオエネルギー由来の電力を定額で買い取らなければならない。しかも買い取り額は「バイオガス発電事業が経済的に成り立つ額」に手厚く設定され、カールスルーエの生ゴミ発酵処理場の場合は電力1キロワット時あたり0.1ユーロ(約16円)となっている。こういった制度のおかげで、清掃局も安定した電力収入を得る電力事業者になれる。

 逆に、電力会社が自らゴミ処理とそのエネルギー利用に乗り出すことも可能で、1990年代から積極的な参入が始まった。このようにドイツではゴミ処理事業とエネルギー事業の垣根が低い。

 ゴミ焼却場のシステムやボイラの性能など個別の技術は日本もドイツに引けをとらない。それどころか、ドイツより優れた部分も多い。ただ、日本にとって残念なのは、その技術をもっと積極的に、もっと柔軟に利用できる社会システムが整備されていないこと。ドイツ、あるいは広くヨーロッパで主流となっている再生可能エネルギー法や、ゴミ処理事業への異業種参入ルールを取り入れることができれば、環境ビジネスの裾野は爆発的に広がるはずだ。

 日本が単なる「環境技術大国」から、本物の「環境大国」へ脱皮するためのヒントがここにある。

IFATに出展した電力会社e・on(エー・オン)のブース。e・onが自身で運営するゴミ処理場が紹介されている

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