安全なものが食べたい!――ドイツ・ビオ食品事情松田雅央の時事日想

» 2008年05月07日 10時32分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

 日本では中国産冷凍餃子事件が社会問題となったが、ドイツでもときどき食の安全に関する事件が発覚し、人々に衝撃を与えている。肉の消費が多い国だけに、肉にまつわる問題が目立つようだ。

連続する食肉スキャンダル――崩れた安全神話

肉の塊を回転させながら焼き、そぎ切りにするドネルケバブ(撮影:編集部)

 ニーダーザクセン州の大手食肉業者が傷んだ七面鳥の肉を包装しなおし、安売りスーパーに卸して摘発されたのは2007年12月のこと。また2007年は、粗悪なケバブ肉による「ケバブスキャンダル」が立て続けに起きた年でもある。ケバブとは、肉の塊を回転させながら焼き、薄くそぎ落としてパンに挟んだトルコ風ハンバーガーのこと。安さとボリュームから、ヨーロッパではどこの街でも必ず見かける人気のファストフードだ。

 しかし、細かい肉を固めて作るためクズ肉を使っても調味料によるごまかしが効き、粗悪な肉で暴利をむさぼる「ケバブマフィア」まで存在するという。オーストリアの大手メディアAPAがグラーツの街でケバブ屋15軒の肉を検査したところ、1軒が「食べるのは危険」、5軒が「規定以上の雑菌を検出」という結果が出た(参照リンク、ドイツ語)

 数ある食肉問題の中でも最も深刻だったのは牛海綿状脳症、いわゆるBSEだった。手元にある2000年11月の週刊誌の表紙には、牛の写真と「BSE」の文字がセンセーショナルに刷られている。

 BSE感染牛が相次いで発見されていたイギリスやフランスを横目に、当時のドイツは「ドイツの畜産は質が高いから心配ない」とたかをくくっていた。ところが、ドイツでも11月終りにBSE感染牛が発見され安全神話はあっけなく崩れ去ってしまった。その後半年の社会状況は、まさしくパニックと呼ぶにふさわしい。

 まず牛肉の消費量が50%減少し、多くの精肉業者が休業に追い込まれた。小売店に並ぶ牛肉には、それまで見たこともない「この肉は検査済みです――農水省」という札が張られるようになったが、これも焼け石に水。とあるスーパーの肉売り場で「この牛肉は大丈夫?」と店員に尋ねたところ、苦々しくにらまれたことを覚えている。

肉がダメなら、行きつくのは魚?

 牛肉が駄目なら豚肉。

 BSEの影響で多くの消費者が牛肉から豚肉へ流れたが、今度は豚の粗悪な飼育状況が暴露され、市民の豚肉離れを引き起こしてしまう。不衛生な畜舎の床をネズミが走り回り、病気を防ぐために使われた抗生物質の空き瓶が転がる様子までテレビに流れた。一部の養豚業者が犯した違法行為ではあったが、インパクトは十分だった。

 それならば鶏肉。

 ところが、小さな檻に入れられ、生まれてから死ぬまで一度も陽の光を浴びることなく、ただひたすら餌を食べ続ける養鶏の実態が報道され、鶏肉も消費者からソッポを向かれてしまう。

 そのあおりで一時的に魚の消費量が増えたようだが、それもドイツ人の食習慣を変えるには至らなかった。

 一連の事件で浮き彫りになったのは、牛肉に限らない「食肉の過剰消費」というドイツの抱える社会問題だった。BSEは、肉を貪(むさぼ)るように喰らう現代人への警鐘であったように思う。

高い安心料

 食品スキャンダルが明るみに出るたび、市民の関心はビオ食品へ向かう。

 ドイツでは、無農薬農産物、それを餌にして育てられた家畜や魚、あるいはそれらを原料とする加工食品などを総称し「ビオ(BIO)食品」と呼んでいる。また、食品だけでなく原料を厳選し環境に配慮して生産された嗜好品、化粧品、衣料品、玩具、文房具なども広く「ビオ」または「ビオ製品」と呼ばれ、やはりビオショップで販売されている。

 今やすっかり市民権を得たビオショップだが、10数年前までは「変わった店」の代表格であり、社会的な認知度はかなり低かった。薄暗い店に入ると、商品の品揃えは当たり前のように乏しく、生鮮食品といえば萎びた野菜が数えるほどしか置かれていない。経営者は言うに及ばず客も筋金入りの環境活動家が主で、店は独特の雰囲気を漂わせていた。

 ところが、現在のビオショップは店構えも品揃えの豊富さも普通のスーパーと何ら変わらない。環境保全に積極的なごく一部の顧客を相手にしていた昔と違い、環境にちょっと関心があり、安全なものが食べたいと漠然に思う客を相手にする時代だから、通常のスーパーと遜色ない明るい雰囲気が求められる。

 ビオと非ビオの典型的な違いは、生鮮食料品の外見(形・色・大きさ)だろう。少々外見が悪くても集荷場で不適合としないから見た目は不揃いだが、ビオショップの買い物客はあまり気にしない。

 もう1つの違い「価格」には消費者も敏感だ。特に食肉、野菜、果物の価格は安売りスーパーの2〜4倍にもなるから、消費者は少しでも安いビオショップを探すことに余念がない。

広々とした草原で飼育されるビオ乳牛(左)。ビオショップの食肉売り場(右)

ビオショップのパン・ケーキコーナー(左)。ビオショップの野菜売り場(右)

保証の仕組み

ビオヨーグルトのラベル。EUのビオマーク(左)とビオラントのマーク(右)

 消費者が高くてもビオ食品を買うのは、生産者とビオショップを信用しているからに他ならない。冷凍餃子事件のような場合は別として、通常、残留農薬の有無を味覚で判断することはできないから、信頼感こそが生産者・ビオショップ・消費者を結ぶ生命線になる。

 人間社会のことなので人為的なミスは起こり得るし、価格の高さに目を付けた犯罪もあるが、幸いなことにビオ食品から重大な問題が見つかることはほとんどなく、例えばビオ牛からBSE感染が報告されたこともない。これはひとえに、信頼を守る有効な仕組みが機能しているおかげだ。

 ビオ製品の基本としてEU(欧州連合)のビオ規格があり、これに適合する商品は「EUのビオマーク」を表示出来る。また、大小様々なビオ生産者団体が、さらに厳しい独自の認証制度を設け、メジャーな団体であればそのマーク自体がブランドとなっている。その2つの認証マークが付いている商品ならば、品質にまず間違いはない。

ビオワイン醸造農家による、ビオブドウの収穫風景(左、(c)Weingut Stadt Lahr)。ビオショップのワインコーナー(右)

ビオを取り巻く状況

 消費者のビオ志向は今後も強まると予想されるが、その普及に伴い問題も生じている。

 まず、ビオ製品の供給不足。ビオ人気の高まりは結構だが、最近は安売りを目玉とするスーパーチェーンまでがビオコーナーを設置するようになってきた。

 また、ビオ食品であっても環境負荷が低いとは限らない矛盾もある。ビオ食品の管理システムが整備され、海外のビオフルーツもごく普通に買えるようになったが、それには莫大なエネルギーが費やされている。例えば、熱帯地域で育てられた1個のビオパイナップルをドイツの店頭まで運ぶのに消費される石油は約1リットル。本当にそれでいいのだろうか?

 ビオ食品を根底で支える環境意識とは「自分さえ安全なものを食べられればいい」という利己的なものではなく、生産者の健康と、さらには地球の環境保全まで視野に入れたものであるはずだ。地元産のフルーツだけで満足できる世の中でないことは重々承知しているが、正直なところ南国のビオフルーツを見るたびに複雑な気持ちになる。

 話は少々逸れるが、ビオディーゼルやビオエタノールの世界的な生産拡大が、穀物価格の高騰、そして発展途上国の食糧危機の一因になっている(参照記事)。結局のところ、人が「足ることを知る生活」に戻ることが出来なければ、ビオでさえ新たな環境問題の原因になってしまう。ビオもまた環境の万能選手ではない。

関連キーワード

EU | 環境問題 | 地球温暖化 | 健康 | 習慣


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.