クラインガルテン――この世の天国まで徒歩2分松田雅央の時事日想

» 2008年04月22日 09時27分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

松田雅央(まつだまさひろ):ドイツ・例えばカールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及びヨーロッパの環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ(http://www.umwelt.jp/)」


マンション暮らし、でも庭や畑が欲しい!

 街に住んでいても、土と自然に毎日触れたいと思う人は少なくない。プランターで満足できなければ貸し農園を利用することになるだろうが、日本の街にある農園は数が少なく狭いので思い通りに使うのはなかなか難しい。

 そんなとき、ドイツならクラインガルテンを借りることになる。クラインガルテン(クライン=小さな、ガルテン=庭)はドイツ全国どこの街にもあり、一区画が100〜400平方メートルと広さも十分。

 日本語では「市民菜園」と訳されるが、野菜・花・果物を育てるだけでなく、芝生を敷き休憩用の小さな小屋を建てたり、子供の遊具を置いたり、趣味で小さな池を作ることもできる。このようにクラインガルテンの使い方は、貸し農園よりずっと自由。借りる期間は基本的に無制限で、賃貸料は年間2万円程度と格安だ。

典型的なクラインガルテンの区画。左に芝生の庭、右に畑、奥に小屋が見える(左)。クラインガルテンの子供達(右)

産業革命が発端

 時は19世紀半ば。

 産業革命に突入したドイツでは、工場労働者の健康被害が深刻化していた。そんな中、シュレーバー医師が労働者の健康回復を目的に、労働者やその子供達のために、郊外に遊び場を備えた畑付きの庭を作り、今あるクラインガルテンのスタイルを確立した。彼にちなんで、クラインガルテンは今でも「シュレーバーガルテン」と呼ばれることがある。最初のクラインガルテンは1864年ドイツ東部のライプツィヒに作られ、その後ドイツ全国、欧州へと広がり、近年は日本や韓国でも作られている。

 クラインガルテンはドイツ鉄道(旧ドイツ国鉄)が鉄道労働者のため積極的に整備したこともあり、よく線路脇に見られる。また、道路と線路に挟まれた三角地帯など他に使い道のないところにも作られ、土地の有効活用に役立っている。

 以前、ドイツへ来たばかりの日本人が、列車の窓からクラインガルテンと小屋を見てこんな感想を口にしていた。「ドイツの家は広いと聞いていたけど、日本とあまり変わらないね!」(身につまされる話ではある……)

近所のクラインガルテンへ引越し

畑仕事に精を出すマチルデさん

 郊外のマンションに住むハンス・ミュラーさんとマチルデさん夫妻が初めてクラインガルテンを借りたのはもう20年前のこと。最初のクラインガルテンは自転車で10分ほど離れたところにあったが、ハンスさんの腰が悪くなったこともあり、数年前近くのクラインガルテンに借り変えた。新しいクラインガルテンは自宅(マンション6階)のベランダから見え、わずか徒歩2分。感覚的には自宅の庭と変わらない。

 あるクラインガルテンの調査によれば、協会員のおよそ半数が半径2キロ以内に住んでいた。徒歩か自転車で気軽に通える距離だ。遠い人でも、おそらくは隣町程度であろう。都市人口のおよそ5%に相当する数の区画が用意されているので、選り好みしなければ自宅の数キロ以内に区画を見つけることができる。

 クラインガルテンを使いたい人は、まず広告や口コミで空き区画を探す。各々のクラインガルテンは市民協会として自治的に運営されており、その役員会でOKがでれば協会員となり区画を借りることができる。

 最初の1年間は協会にとっても借り手にとっても試験期間となる。「クラインガルテンの規則を守れない」「隣近所とトラブルを起こす」といった場合、協会は入会を拒否することができる。また借り手の方も「十分な時間がとれない」「畑仕事が大変過ぎる」などの理由で入会を取り止めることがある。

協会員のパワー

 春から秋まで、天気がよければクラインガルテンで昼食を作るのがミュラー夫妻の日課だ。筆者も時間を見つけては夫妻のクラインガルテンへ遊びに行き、採りたての野菜で作ったサラダや、これも摘みたての葉で入れたハーブティーをご馳走になる。その味は格別だ。食後、リンゴの木が作る木陰の長椅子に寝転ぶと、そこはもうこの世の天国。

クラインガルテンでの昼食

 夫妻の小屋には、電気と水道は来ているものの下水はない。食器を洗った水は畑に撒き、トイレはポータブルトイレかクラインガルテンの共同トイレを利用する。このようにクラインガルテンの設備はいたってシンプルだ。なるべく費用をかけず、協会員の労力で設備を整え「できることは自分たちでやる」のが鉄則。協会員には年数時間の労働が義務付けられており、柵の修理や共有区域の手入れなどを行う。何かの事情でできない場合は、それに見合ったお金を納めなければならない。

 協会員のパワーはすごい。例えば、ミュラー夫妻の入会するクラインガルテン「湖畔の草原」に建つクラブハウスは、協会員が日曜大工で作ったものだ。このクラインガルテンには区画が120あり、協会員とその家族を含めれば建築士から電気工事、水道工事、経理に詳しい人まで一通りの人材が揃う。クラインガルテンに限らず、ドイツ人は「なるべく金をかけずに余暇を楽しむ術」に長けている。

環境に配慮した管理

 クラインガルテンが生まれたきっかけは、百数十年前の環境破壊だった。当時はまだ「環境問題」という認識はなかったものの、クラインガルテンは都市生活に自然を取り戻す社会運動として発展し、その管理は環境に配慮したものでなければならない。

 現在、クラインガルテンで使用できる農薬や化学肥料の種類は厳しく制限され、環境負荷の高いものは使用できない。実のところ、ほんの十数年前まではクラインガルテンでも通常の農薬が多量に使われていたそうだが、環境保全意識の高まりとともに、そういった規則違反は減っている。長い時を経て環境保全の流れが回帰した。

 クラインガルテンはまた、都市の緑地としても価値がある。花のきれいな時期など、公共の公園よりずっとバラエティーに富む花畑となり、日中ならば誰でもクラインガルテンの中を散策することができる。自治体がクラインガルテンの整備に積極的なのはそういう事情にもよる。

 先日、日本のある都道府県の土木課職員がドイツを訪れ、都市の緑地整備を視察していった。少子高齢化で過剰になった児童公園の跡地を高齢者が主体となってクラインガルテンのように利用できないか、というのが彼のアイデアだった。小さな児童公園にドイツのようなクラインガルテンを作ることはできないが、アイデアとしてはとても面白い。実際、人口の急激な減少が続く旧東ドイツ地域では、建物の跡地を近所の人が菜園として利用している。空き地を放っておくと都市景観が崩れ、犯罪の温床にもなるから、近所の人に使ってもらったほうがずっといい。そのための簡単な整地や柵作りは自治体が行ってくれる。

 日本も人口の減少が始まり、コンパクトシティーや都市の縮小を考えなければならない時代。児童公園に限らず余剰になった土地とクラインガルテンを結びつけると、意外な切り口から都市の環境改善と活性化に道が開けるかもしれない。

クラインガルテンのコンポスト。ここに植物ゴミや生ゴミを入れて堆肥を作る(左)。クラインガルテンで育てたプルーンの実(右)

クラインガルテンの基礎知識

ポイント 詳細
1.借りる人 高齢者や若い家族が多い。誰でも借りることはできるが、複数の応募があった場合には高齢者や小さな子供のいる家族が優先される。
2.賃貸期限 基本的に無期限。中には50年以上借りている人もいる。
3.賃貸料 区画の賃貸料は、面積に応じた土地の使用料、保険料(傷害・火災・盗難)、協会費などを含めて年間2万円程度と格安。しかし区画を人並みに維持するためには少なくとも週2、3回は来なければならず、時間的な余裕と覚悟が必要。
4.規則 規則の大枠は、1983年に制定された「クラインガルテン法」に定められている。例えば小屋の面積は24平方メートル以下、小屋や敷石で土を覆っていい面積は区画の3分の1以下、区画の3分の1以上は野菜や果物を植えなければいけない、コンポストの設置義務など。なお、細かい利用規則は各クラインガルテン協会が法律に基づいて個別に定めることができる。
5.農作物の販売 クラインガルテンで採れた野菜、果物、花などを販売することはできない。保存しきれない分は知人にあげることが多いようだ。
6.私設のクラインガルテン 「市民協会が運営する非営利の組織と、その協会が管理する施設」をクラインガルテンと呼ぶので「私設のクラインガルテン」というものは存在しない。
7.相続 クラインガルテンと各区画は個人の所有物ではないので相続はできない。協会が次の借り手を探すことになる。
ただし、区画に建つ小屋、植物、敷石などは個人所有のため、次に借りる人が買い取らなければならない。査定は自治体の職員が中立の立場で行う。
8.解約 借り手が区画の賃貸を解約するのは自由。
借り手がクラインガルテンの規則を守れない場合、協会はまず警告し、それでも改善されない場合は強制的に解約できる。
9.自治体の援助 クラインガルテンの敷地は多くが公有地で、協会がそれを安く借りている。新しいクラインガルテンを作る場合は自治体が費用の半額程度を負担し、周辺の歩道を整備する。また、各種補助金が下りることもある。

(取材協力:クラインガルテン協会「湖畔の草原」Kleingartenverein Seewiesen e.V.、カールスルーエ市公園局 Stadt Karlsruhe Gartenbauamt)

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