米国でテレビ番組が「ストライキ」中――争点は“ネット”ロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年11月12日 00時00分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 ハリウッドが揺れている。テレビ番組のシナリオライターたちが「ストライキ」を敢行したからだ。

 発端は、Writers Guild of America(WGA)がネットなどのデジタルニューメディアからの収益をめぐり、テレビスタジオに公正な分配を求めたことにある。スタジオ側は一定の条件を提示したが、WGAはこれを却下し、ストライキに入った。WGAはテレビや映画などのシナリオライターたちが所属するギルド(組合)だ。彼らがストライキを起こせば、番組制作が滞る。つまり、視聴者は好きなテレビ番組の続編が見れなくなる。

 日本でいうなら、橋田壽賀子さんや三谷幸喜さんといった売れっ子脚本家がこぞって仕事の契約を拒否して、連続ドラマが放送できなくなった――といった感じだろうか。何事も激しく交渉するのが米国の文化とはいえ、テレビ番組がストのために見れなくなるとは、日本ではちょっと考えにくい事態だ。ハリウッドで何が起きているのか、概観しよう。

「20年前の悲劇」の再来?

 今回のストライキで放送が危ぶまれるのは、いわゆる「scripted contents」つまり脚本が存在する番組だ。大半のドラマはこれに該当する。しかし、当てはまらないものもある。例えば報道番組はシナリオライターの手を借りずとも制作できるし、non-scriptedと呼ばれるジャンルのもの、つまりリアリティ・ショーなどは制作を続行できるだろう。

 リアリティ・ショーというのは、要は素人参加型の公開収録番組。日本でもフォーマットを移植されて人気番組となった「クイズ$ミリオネア」であるとか、「サバイバー」などが代表例だ。しかし、これらの番組だけでプライムタイム(=ゴールデンタイム)の放送枠を埋めるのは無理がある。空いたぶんは、過去の番組ライブラリからコンテンツを引っ張ってきて埋めるしかないのが現状だ。

 通常、テレビ番組というのはある程度「撮り貯め」されているから、ストライキが短期間で解決すれば放送に支障はない。しかしストライキが長期に渡れば、「連続ドラマを第3話まででストップし、古い番組の再放送などに差し替える」などといった対応に迫られる。実際、放送局側は最悪の事態を想定して放送スケジュールの変更などを真剣に検討しているようだ。

 テレビ業界でのストライキは、これが初めてではない。今から20年ほど前、1988年にも大規模なストライキがあった。このときはストが22週間(!)にも及び、現場は悲惨な状況に陥ったという。映画/テレビ関連の産業が麻痺してしまうわけだから、その業界全体のお金の流れが滞る。スタジオにすれば、新しいコンテンツが制作できないわけだから収益減は否めない。社員たちは「仕事をしたいのに、できない」状態で、ぶらぶらと時間をつぶすことになる。

 ライターたちも、もちろん無傷ではすまない。スタジオ側は当然ながらライターたちへの給料支払いをストップするため、スト側はもろに生活面で打撃を受ける。ハリウッド業界につきものの、中間業者たちも苦しくなる。例えばタレントエージェンシーなどは、仕事が発生しないため「契約から利ざやを抜く」というビジネスモデルが崩壊する。筆者は現在、ビジネススクールでハリウッド関係者から直接メディア・ビジネスを学ぶ機会に恵まれているが、当時を知る人間は皆「20年前のストは最悪だった」と口を揃える。

 「誰もストライキなんか望んじゃいない。今の若い人間は、ストライキがどんなにひどいものか知らないのではないか」――。ストの波及効果はスタジオ付近の飲食店などにも及ぶため、街全体の勢いがなくなってしまったという。

それほど大きな収益なのか?

 今回の争点になっているのは、1つは成長著しいテレビ番組のDVDセールスによる利益の分配方法について。ジャック・バウアーでおなじみの「24」などは、日本のような海外市場でも人気を博している。こうした事業の利益を、もっとシナリオライターによこせというわけだ。

 もう1つは、番組のネット配信に関するものだ。近年、ハリウッドスタジオは「デスパレートな妻たち」といった人気番組を、積極的にストリーミング配信して収益を得ている。ディズニー系列の放送局であるABCは、ディズニーのピクサー買収に伴いスティーブ・ジョブズを経営陣に取り込んだため、iPodへの番組提供に積極的だ。またメディア王・マードックが支配するNews Corp.傘下のテレビ局Fox、および世界的大企業であるGEの傘下にあるテレビ局のNBCもネット配信に力を入れている。この2社は提携して「hulu.com」というサイトを立ち上げた(現在はβサービス中)。まだ成功するかどうかは未知数ながら、番組コンテンツを揃えてYouTube対抗をうたっている。

 日本だとテレビ放送局各社が保守的なこともあり、番組のネット配信は遅々として進まない。しかし米国では、ネット新時代を予感させる取り組みが次々に進んでいる。この動きに敏感に反応したライターたちが「番組をネット配信に再利用するなら、どれだけお金を分配してくれるのかはっきりしてもらわないと困る」とスタジオ側に迫っているという構図だ。

 とはいえ、こうしたネット上の取り組みが黒字化して、莫大な収益をもたらしているかというと、実はそうでもない。筆者が話を聞いたハリウッド関係者は皆、「やはり現状でもうかっているのは既存のビジネスモデル」と冷静に話す。

 「ネット広告からくる収益は、それほど大きいわけではない。しかし、未来のことは本当に分からない。短期間で大きく変わる可能性がある」(Warner Bros.の関係者)というのが本音だろう。このため、皆が“可能性”に取り残されないようさまざまなビジネスを模索している。

 問題は、まだまだ模索の段階であるにも関わらず「取り分を決めよう」と議論が白熱し、大規模なストライキにまで発展していることだ。先見の明があるのか、気が早いだけなのか。視聴者が終わらない騒動に見切りをつけて、テレビ番組ではなくネットのUGC(User Generated Contents)に流れてしまった――というオチだけは、避けてほしいところだ。

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