キリンビールの協和発酵買収に潜む、本当の問題点とは? 保田隆明の時事日想

» 2007年11月08日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

著者プロフィール:保田隆明

やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou


 キリンビールが協和発酵を買収することになったというニュースが出て久しい。一般に買収というと、それは“株式の過半数を買い取る場合”を意味することが一般的である。

 ところが今回、キリンビールはTOBにより協和発酵の28%程度の株式を買い取るだけだ。しかしこれでは一大株主になるだけで、買収という表現を使うべきか迷うところである。

 実は、キリンビールが約28%の株式を取得した後、協和発酵はキリンビールに新株を発行し、これによってキリンビールの持分は最終的に50%を超えることが予定されている。したがって、キリン側から見れば買収だが、協和発酵の既存株主にしてみると、28%の株主はキリンに株式を買い取ってもらえるが、72%程度の株主は引き続き株式を保有し続けることになる。 

TOBでは28%弱の株式を取得するのみ――売り手株主は複雑な心境

 もう少し詳しく説明しよう。通常M&Aにおいては、売り手の株主には利益がもたらされることが多い。買い手が買収プレミアムを乗せた価格で株式を買い取ってくれるからだ。株式買い取り時に行うTOBでも、買い取り株数に上限を設けないことが多いので、買い取りを希望する株主は市場で付いていた株価よりも高い金額で株式を買い取ってもらえるメリットがある。

 このように、個人投資家にとって、株を保有する企業が買収されることは、一般に喜ばしいことといえる。しかし今回のように「28%しか買いません」という場合、全株主が買い取りに応じると、持ち株のうち約4分の1しか買い取ってもらえないことになる。株主としては、なんとなく釈然としない気分になりそうだ。

 そもそも買い手企業は、買いたいと思う株数が集まらないために買収に失敗することだけは避けたいと考える。従って、TOBでは買い付け株数に上限を設けず、「売りたい株主の保有株は全部買いますよ」というスタンスで臨むことが多い。しかし、今回のキリンビールと協和発酵のケースでは、28%という上限が設けられている。しかもこの数字は、TOBで取得す株式割合としては決して高いものではない。

キリンビールが今回のスキームを選んだ理由

 キリンビールはなぜ、50%の株式を買い取らず、わざわざ“まずは28%を買い取り、残りを協和発酵が発行する新株を引き受ける”という方法を取ったのだろうか?

 主な理由は2つある。まず1つはキリンビールが買収に使う資金を、協和発酵の株主に渡すのではなく、協和発酵の会社本体に注入したいという意図があるからだ。28%の株式を取得した後、キリンは協和発酵の第三者割当を受けることで、合計持分割合を50%超にするわけだが、23%程度に当たるお金は協和発酵の株主ではなく、協和発酵の会社本体に行くことになる。協和発酵はそのお金を、今後の商品開発などに使用することができる。

 もしTOBで50%以上の株式をキリンが取得すれば、そのお金はすべて協和発酵の株主に流れ、協和発酵本体には1円も入らないことになる。同じお金を使うなら、その一部は協和発酵の会社自体に入った方がいい、と判断してこのスキームが選ばれたのだろう。

 もう1つの理由は、協和発酵を上場維持したいからである。上限を定めずにTOBを行った場合、応募する株主が多ければ、下手をすると上場廃止規定に引っかかってしまう。

第三者割当制度の是非に飛び火する可能性

 M&A後は、何かとお金が必要である。通常は、まず株式を50%取得して、その後で必要な資金を別途工面するのが一般的であった。しかし今回は、50%超の株式を取りながら、かつ今後の事業に必要なお金も売り手側企業に移転できるという、ある意味画期的なスキームである。他の企業は、「そうかそうか、そんな手法もアリだんだな」と思ったことだろう。

 今後も同様のスキームが出てくると、これは投資家泣かせになる。実は、第三者割当という行為は日本独特の制度である。一部の株主のみを優位に扱うことであり、他の株主にとっていいことはない。今回、キリンと協和発酵はその第三者割当増資の制度を存分に活用したことになるが、他の企業もM&A時に同様のスキームを用いるようになれば、投資家からの不満が出てきて、第三者割当増資の制度そのものに対する批判も強まるだろう。そうなると、企業にとっては資金調達手法の1つがもぎ取られる可能性があり、このようなスキームを活用しすぎると、後で手痛いしっぺ返しを食らう可能性がある。

 今回のケースでは、第三者割当による希薄化の議論が活発だが、収益向上を図ることができれば希薄化の問題は解決することができるわけで、本当の論点は「そもそも第三者割当ってどうよ?」というところなのかもしれない。今回のスキームの是非について、投資家保護や株主平等の観点から、関係者間で議論する必要があるだろう。

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