村上ファンドやホリエモンにあって、スティール・パートナーズになかったもの保田隆明の時事日想

» 2007年07月05日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

著者プロフィール:保田隆明

やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv。ブログ:http://wkwk.tv/chou


 先週、2007年3月期決算の企業の株主総会がピークを迎えた。今年は過去最多の株主提案が提出されるなど、経営陣と“モノ言う株主”が対抗する姿勢が数多く見られた。だが結果は、ほとんどの株主提案が総会で否決された。

 最近のM&Aでは、株主の意向によりその成否が左右される事例が相次いでいた。東京鋼鐵と大阪製鐵の経営統合はいちごアセットの反対運動により否決され、HOYAとペンタックスの件では、大株主スパークスの意向が大きく影響した(4月12日の記事参照)。その直後だけに、今回の総会でのモノ言う株主の全敗ぶりは意外であった。モノ言う株主の敗因は、メディア活用戦術の失敗にある。

経営陣への消極的賛成が実態

 経営陣側の圧勝と伝えられた今回の株主総会ではあったが、株主提案に対してのうさん臭さをぬぐいきれなかったというのが実態だ。そのため一般株主は、仕方なく経営陣に賛成をしたという構図である。もろ手を挙げて経営陣万歳とやったわけではない。その点、経営陣は来年以降の株主総会に関しても、まだまだ油断はできない。

 否決された株主提案を個別に見ていくと、外国人の持分割合が高い会社では、比較的高い割合で株主提案に賛成票が入っていた。そして、厚生年金基金連合会(国内最大規模の機関投資家)や議決権行使アドバイス会社※の行動でも、経営陣の提案に反対をするケースが多かった。それら勢力は、多数決で過半数を取ることはできなかったが、来年以降に向けて、ある程度の手ごたえは感じたはずだ。

※機関投資家による議決権行使で、株主総会の準備から総会後の議決権行使の結果などを分析する。

スティールもどきに見られた株主提案

 特に今回は、総会直前にブルドックソースにTOBを仕掛けたスティール・パートナーズのメディアでの印象が悪すぎた(6月14日の記事参照)。株主提案を出していた他のファンドも“スティールもどき”と見られたことにより、株主提案そのものが信用ならないという雰囲気が一般株主の間で漂っていたように見受けられる。スティールに関係のない企業でも、株主提案に賛成をすることはスティールの行動に賛成するかのような錯覚に陥った。その点、スティールのメディアでの印象がもう少しよければ、結果は異なったかもしれない。

いまさらながら村上、堀江の戦術の巧さが目立った

 スティールが今回メディアでの印象がよくなかった理由の1つに、TOBをかけたこと以外の話題性を見出すことができなかったということが挙げられる。かつて村上ファンドも、昭栄や東京スタイルなど初期に手がけた案件では、潜在的不動産価値が株価に反映されていないという点以外、特にストーリーの提示ができず惨敗した。

 それが阪神電鉄の場合には、不動産価値以外にも、阪神タイガースのブランドを生かしての収益力向上を提示した。さらに京阪電鉄との経営統合によって、京都から大阪、神戸まで直通電車を走らせることなどを計画。阪神電鉄の「その後」に関しても言及し、ストーリーとしての面白さを見せることで、メディアと一般株主の興味を引き出した(5月7日の記事参照)

 またライブドアも、野蛮だと言われながらネットと放送の融合をうたい、ニッポン放送の「その後」に言及することにより、メディアと一般株主の興味を引き出した。

 阪神もニッポン放送も、もともと話題になりやすい企業なので、スティールによるブルドックを対等に比較することはできない。ただ、もう少しメディアを巧く活用し、訴求力を高めることは出来たのではないかと思われる。特に、法廷闘争に持ち込んだ防衛策の是非に関する東京地裁の判断でも、株主にブルドックの「その後」を見せることができなかったことが混乱を招いたという指摘もあった。それは裏を返すと、「その後」を少しでも見せることができれば、結果は違っていたかもしれないということである。

株主は所有者、経営はプロに任せる

 地裁の判断でも、その後の経営に関して触れている。大量の株式を買いつけようとするファンドは、対象企業のその後の経営を説明する義務が発生したかのような印象もあるが、それは違う。株主はあくまで所有者であり、経営はその道のプロに任せることとなる。

 その点、今回のスティールのように、現経営陣に引き続き経営を任せるというのは選択肢の1つであろう。しかし任せるのであれば、株主としてその経営陣に全幅の信頼を置いていることが前提になる。それが今回のスティールの言動からは、ブルドック経営陣に対しての賞賛の声や、経営方針に積極的に賛成するような態度を見ることができなかった。そのため一般株主にしてみると、「本心では経営陣に不満を持っているくせに、現経営陣に経営を任せるとはどういうことだ?」といぶかしく思ったわけだ。

継続的なロビー活動が勝敗を分ける

 スティール以外の株主提案でも、結局は「本心では何を考えているのだ?」という点が見えなくて、一般株主は株主提案に乗ってこなかったと思われる。堀江貴文、村上世彰という旗振り役の後釜が不在の状況では、モノ言う株主の地道なPR活動が今後の株主提案での成否を分けることになると思われる。そのためにはメディアの活用がますます重要となる。正論だけではなく、いかにネタを提供できるか。もしかするとファンドの関係者は、日本人がどういうネタに食いつきやすいのか、そんな研究も必要なのかもしれない。

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