株主総会の“浮動票”、個人株主を味方に付けるために大切なこと保田隆明の時事日想

» 2007年06月07日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

著者プロフィール:保田隆明

やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv。ブログ:http://wkwk.tv/chou


 2007年は、楽天・TBSを始め、各社で株主総会での委任状争奪戦が過熱する年になりそうだ。委任状争奪戦は、ある議案に対して株主全員で「賛成」か「反対」かを投票するものなので、その様子は選挙に似ている。選挙では無党派層や浮動票の取り込みが明暗を分けることが多々あるが、株主総会では個人投資家層が“無党派層”や“浮動票”に例えられると思われる。

 以前は安定株主さえおさえておけば、企業経営陣は株主総会で思い通りの結果を楽々と得られた。しかし最近は個人投資家の割合が大幅に増加しているので、いかにこの層を取り込むかが重要となる。そのために委任状争奪戦を行うファンドや企業は、メディアを通じて個人投資家に何らかの働きかけをすることとなる。

共感を呼び起こした側が有利

 委任状争奪戦で分かりやすいのは、ファンドから企業に対しての増配要求である。M&Aやファイナンスのニュースがメディアで数多く取り上げられるようになって久しい。かつては、ファンドが企業に増配を要求するだけでも珍しいことだったので、ニュースとして十分成り立った。しかし最近では、増配要求くらい珍しくもないので、大したニュースにならない。ファンドが個人投資家にメディアを通じて訴求しようにも、メディアが伝えてくれないのだ。

 メディアの中でも特にテレビの場合、新鮮味に欠ける経済ニュースだと、放送される時間も非常に短い。せいぜい10秒程度のフラッシュニュースで終わってしまい、個人投資家への訴求効果は薄いだろう。ある程度のゴシップ性がないと、なかなかテレビがたくさんの時間を割いて経済ニュースを取り上げることはない。

 その点、王子製紙が北越製紙に敵対的買収を仕掛けた際のテレビの活用方法は参考になる。北越製紙の労働組合が王子製紙の社長に「これが私たちの意見です! 読んでください!」と書類を手渡そうとして拒まれたシーンがテレビで流れた。そして「労働組合は大変だな」「買収攻勢を受けてかわいそうだ」「王子の社長は冷たすぎるのでは?」という思いを視聴者に呼び起こした。結局、北越製紙は買収防衛に成功したが、防衛できたのは安定株主の存在のおかげだった。テレビ戦術がどこまで功を奏したかは分からないが、委任状争奪戦のような場面では共感を呼び起こした側が有利になると思われる。

共鳴・共感させることが重要

 最近はファンドの責任者がメディアに登場する機会も増えているが、それはメディアの活用が自分たちの業績に関わってくるからである。かつてファンド関係者は「金融や経済のことは全く分かっていないな、お前たち」とメディアを馬鹿にしていたことを思えば、時代は大きく変わったなという印象を持たざるを得ない。

 企業経営者は夢やビジョンを語り、社員、取引先を魅了し、ビジネスを拡大させていく。ファンドの運営者も同様に、今後はいかに一般投資家や世論を共鳴・共感させるかが重要になってくると思われる。

 ファンドの運営者は理論に基づいて動いているが、それでは日本の一般投資家の共感を得るのは難しいだろう。かつて村上ファンドの村上世彰氏は「資本市場では株主が偉い。それが商法上の取り決めである。それを理解しない経営者はおかしい」と、正論を振りかざしたし(5月10日の記事参照)、また楽天の三木谷浩史氏は「上場しているTBSの株式を購入して何が悪い」と言ってしまった。理論的には確かにその通りだが、それでは一般投資家や世間の共感は得られない。やみくもに正論で押していっても、返って案件そのものがうまく行かない可能性も出てくると思われる。

日本なりの発展ルートを遂げるだろう

 全ての株主が理詰めで株主価値の最大化という点のみを訴求するのであれば、“共感・共鳴”などはたわ言にすぎない。だが米国市場や欧州市場に比べて遅れていると言われるわが国の株式市場では、財務理論とは関係のない、共感・共鳴という部分がまだ幅を利かせている。

 かつて「日本の市場は遅れている」と一喝していた外資系ファンドの対応が変わってきたのは、日本で業績を上げるには、日本市場に合わせた対応の仕方が必要であると学んできたためではないだろうか。個人的には日本の市場は遅れているのではなく、日本なりの発展の道があると思っている。そう考えれば、ファンドの対応方法が変わってきたのは当然だといえよう。

 そんなわけで、今年の委任状争奪戦。どれだけ多くのファンドが一般投資家の共感・共鳴を引き出せるか、今から楽しみである。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.