ラーメン屋とカレー屋はどちらが儲かるのか?――5分で学ぶ“ロマンとソロバン”

» 2007年05月29日 09時06分 公開
[山口揚平,Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 ある学生と一緒にラーメン屋の行列に並んでいたら、彼が面白い問題を出してきた。「行列のできるラーメン屋とカレー屋を比べると、2つの理由によってカレー屋のほうが儲かるんですよ。なぜだと思います?」

 彼によれば、単価も、原価などのコストも同じでお店の大きさや座席数も変わらないとすれば、ある理由によって、行列のできるラーメン屋よりも行列のできるカレー屋のほうが売上が多くなるという。それはなぜだろうか? ちょっと考えてみてほしい。

カレー屋が儲かる2つの理由

 さて、理由が分かっただろうか?

 この答えを探るには、ラーメン屋とカレー屋の売上を分解してみると良い。売上の分解方法には、例えば客数と客単価に分けたり、既存顧客と新規顧客に分けるなどの方法がある。

 ここでは、客数と客単価に分けてみよう。さらに客数は、座席数と座席の回転率に分けられる。

売上の構造を分解してみよう。分解パターンは、無数にある。論点を整理することは、要は“因数分解”。パターンを多く知っている方が得だ。+−×÷のパターンで、いくつもの分解公式を作ってみよう(クリックすると図全体を表示)

 このように考えてみると、答えも見えてくる。

 カレー屋の売上がラーメン屋の売上よりも大きくなる理由は、カレー屋は回転率がいいからだ。ラーメン屋とカレー屋の決定的な違いは、その「待ち時間」である。ラーメンは通常、注文を受けてから麺をゆでることになるため、待ち時間が長くなる。

 一方、カレーは盛りつけるだけなのですぐに出すことができる。また、テイクアウト(持ち帰り)も多い。そのため必然的にカレー屋のほうが客の滞在時間が短くなり、行列ができるほど人気の店であれば、同じ時間内に販売できる客の数はカレー屋のほうが長くなる。回転率と待ち時間、これがカレー屋のほうがラーメン屋よりも儲かる理由である。

両者の違いは、一人当たりの滞在時間にあった。状況を調べてみると、カレー屋とラーメン屋では、滞在時間が10分違う(クリックすると図全体を表示)

 このように物事を丁寧に分解することによって、理由を突き止めることができる。私たちはたいていの場合、直感的・経験的に答えをみつけてしまいがちだが、いったん冷静に問題をひもといてみると、答えは案外、別のところに転がっていることも多いのだ。

 さて、問題の要因が把握できるということは、今度はそれを変化させることができるということになる。つまり応用し、改善することができるのだ。

答えを探すのではなく、問題に構造を与える

 では、あなたがラーメン屋の店主だとする。ライバルのカレー屋に勝つために、一人当たりの店の滞在時間を短くし、客の回転率を上げるには、どのような手を打てばいいだろうか?

 こういった問題についても、いきなり答えを探そうとしてはならない。まずは、問題に構造を与えるべきなのだ。

 この問題を解くには、まずは客が列を作り、注文し、調理して、食事をして、会計をして出て行くまでの流れを分解することからはじめるのがいいだろう。

ラーメン屋の回転率を上げるには、どんな方法がある?(クリックすると図全体を表示)

 ひと通り流れを分解し終えたら、次はそれぞれのプロセスで、どうすればもっと早くそのプロセスを終えることができるかを考えてみる。このときにはじっくり考え込むよりも、いろいろなアイデアをポンポンと出してみるのが有効だ。

 例えば、並んでいるときに注文をあらかじめ取って、会計も済ませておく。メニューを絞り込み、同じものを提供するようにすれば調理時間を短縮できる。調理時間の短縮という観点では、麺のゆで時間を短くして、硬麺で出す、というのもありそうだ。またイスを硬くして早くお客を追い出す! といった過激なものまで思いつく。どれを実行するかは別として、この時点では、とにかくたくさんのアイデアを出すのが大事だ。

 あとは個々のアイデアの有効性、つまり投資対効果を考えればいい。たとえば、行列中に注文を取るというのは簡単でコストもかからないのですぐに実行すればいいし、麺のゆで時間を変えて硬麺にするなどは、味やお客さんの満足度に影響を与えることから実行は慎重に行わなければならないと分かる。

大人のそろばんをはじけ

 最後にすることは、施策の効果の算定である。一人当たりの滞在時間が10分短くなった場合、年間の売上はいったいどのくらい上がるだろうか?

 これを計算するのが、私が“大人のそろばん”と呼んでいるものである。大人のそろばんとは、曖昧模糊としたものに対して、前提を置きながらとにかく数字という目に見える形にし、物事を前に進める能力を指す。

 大人のそろばんは、簿記や会計とは違う。会計は、もう目に見える形になった売上やコストなどを計算するものだ。しかし大人のそろばんは、まだ形になっていない先行指標をも数字として弾くことなのである。

 客の滞在時間が10分短くなる場合の売上への影響は、いくつかの前提を置けば算定できる。具体的には、客単価、営業時間、座席数、年間の営業日数などの数値になるだろう。例えば客単価は700円、ランチタイムの営業時間を11時から1時までの3時間とし、座席数が30席、年間の営業日数を300日とする。すると滞在時間が45分の時には、1日当たりのランチタイム売上が5万6000円だったのが、35分になれば70000円となる。すると年間では、滞在時間10分の短縮は420万円もの差を生むことになるのである。

滞在時間が10分削減されたらその効果はどれくらい?

 滞在時間が10分削減された場合の効果は、以下のように計算できる。例えばランチタイムが11時〜13時で、席数が30の場合だと……

(施策前):2時間(120分) × 席数30 / 滞在時間45分 = 80名 × 単価700円 = 5万6000円

(施策後):2時間(120分) × 席数30 / 滞在時間35分 = 約100(102)名 × 単価700円 = 7万円

 月間の差は、1万4000円 × 25日 = 35万円。年間の差は、60万円 × 12ヶ月 = 420万円! となる。効果は、必ず定量的に測定すべし。


 年間420万も差が付くのであれば、ある程度コストがかかったとしても、やる価値があるというものだ。ざっくりはじいた数字の投資対効果が約2倍程度あるのであれば、改革は実行すると良い。この約2倍という水準を“安全粋(MOS、mergin of safety)”と呼ぶ。何か意思決定をするときに、MOSは大切な考え方である。

 今回紹介した大人のソロバンは、私たちの日常業務を、効率化させるのにちょっと役に立つ。そのコツは、2つある。

 1つは、問題を丁寧に分離・分解(因数分解)することによって、物事の構造を把握すること。もう1つは、ざっくりとで良いから定量化してみることである。最初はとっつきにくいかもしれないが、要は慣れである。初めは1時間かかるかもしれないが、何度か試しているうちに、5分くらいでできるようになるだろう。

 私たちは普段、こういった創造的な計算をしていないが、形のないものに数字を与えるスキルを持てば、リスクの大きな事にも果敢にチャレンジできるようになるだろう。ロマンの実現には、いつもソロバンが必要なのである。ぜひ、試してみてほしい。

追伸:ラーメン屋とカレー屋の問題は、今はマッキンゼーで働いている柳沢君のアイデアです。今回のコラムはそれを膨らませました。柳沢君、ありがとう。


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