海外のメディア買収合戦から考える――TBS“楽天以外”の選択肢

» 2007年05月17日 03時08分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

 カナダの情報大手トムソンが、英通信社ロイターを買収することになった(5月9日の記事参照)。買収によって、ブルームバーグと並ぶ世界的な2大金融情報メディア機関が登場することとなる。いずれも日本人にとっては比較的なじみの薄い会社ではあるが、経済、金融分野では確立した企業群だ。特に金融機関に勤める人々にとっては、これらの企業が発する情報なくして日々の仕事は成り立たないほど縁の深い、空気や水に匹敵するぐらいの存在の会社だろう。

 また、本件以外でも、ニューズ・コーポレーションがウォールストリートジャーナルを保有するダウジョーンズへ買収提案を行うなど、質の高い情報機関に対する着目度は高まっている。ウォールストリートジャーナルは、日本における日本経済新聞のような存在だが、網羅する内容、情報量は圧倒的に上を行く。

質の高い情報の価値はますます高まる

 今や、情報格差がそのまま経済格差、所得格差に結びつく世の中だ。ここ数年はブログの台頭により、既存メディアの価値が低下するのではないかと言われてきたが、ブログで扱えるテーマの多くは既存メディアによって提供される1次情報をもとに各自の思考を展開したり、分析したりするものが多い。ブロガーの中には確かに新聞や既存メディアのコラムニストや論客を凌駕するような人も出てきたが、1次情報の収集、伝達は、ブログではカバーできるものではなく、既存メディアに頼らざるを得ない。

 またその1次情報の分野も、インターネットメディアが既存メディアに取って代わられるのではないかという議論もあったが、むしろインターネットメディアで収集できる、そして扱える領域の限界が徐々に見えてきたことで、既存メディアだからこそ扱える分野がハッキリしてきた。そしてその分野の情報の価値は高まっている。

 そこで価値の高い1次情報を扱う既存メディアが統合をし、情報収集力を高めると同時に、情報のアウトプット先を多種保有する(ニューズのウォールストリートの場合)というのは、彼らの競争優位性を高めるのに非常に役立つと思われる。2つの機関がそれぞれ同じ情報を追いかけるよりは、1つになることで、カバーできる範囲も広がるわけだ。

日本のメディアの政治、経済、金融分野へのリソースは不足気味

 さてそんな中、日本の既存メディアでは大体どの新聞、テレビでも、同じような内容のニュースばかりが流れている。メディアにどのような企業が登場しているかその中身を見てみると、例えば金融・経済分野であればカバーできている企業数はほんのわずかであり、なにか突発事象が起こったときだけ取材をするというような状況だ。リソース不足が原因だが、これでは深みのある経済記事や経済ニュースを提供することはできない。政治分野でもそれは同じことだ。

日本ではメディアコングロマリットにおけるグループ間連携は少ない

 日本でも、株主構成だけを見ると新聞社とテレビ局、そして中にはラジオ局までを有して一大メディアコングロマリットを成していることがある。しかしその場合でも、新聞社の記者の取材内容がテレビで流れることはないし、その逆もしかりだ。1次情報の収集、流通という面では、せっかくコングロマリットを形成しても全くシナジーが発揮されていない。このままでは各社がひたすら限られたリソースで同じニュースを追いかけるという構図が続き、我々はいつまで経っても限られた1次情報しか得ることができないという状態が続いてしまう。

 TBSは楽天から買収提案を受けて拒否しているが、これには「質の高い情報を提供する自分たちがどこぞの新興企業とくっついてどんな意味があるんだ」という思いが強いからだと想像する。株式市場では誰が株を買ってもいいはずだという、資本の理論を脇に置いておけばTBSの考えは納得できる。

 しかしむしろ彼らにとっては、1次情報を提供する立場として、その立場をより優位に強固にするためにはどうすればいいのか、そちらの方が重要ではないかと思われる。その観点で考えてみると、楽天との経営統合よりも他の選択肢の方がより効果的という場合もあるはずだ。

利用者の情報収集ルートの使い分け

 最近、ビジネスパーソンによく見るテレビ番組を尋ねると、民放では「ワールドビジネスサテライト」、それ以外はBSやCSの経済番組という答えが返ってくることが多い。バラエティやゴシップネタはインターネットで拾ってしまい、仕事に必要なコンテンツにはお金を払うという行動に移行しつつあるように見受けられる。これは情報武装が各人の給与を左右するという時代になってきたからこそ起こっている現象であり、情報を提供するメディア側もそれに応じてビジネスモデルを変化させていく必要がある。

 TBSでは系列のCS局でニュースバードというニュース専門チャンネルを保有しているが、もともと限られたTBSのリソースを駆使する形で展開しているので、その内容は未だ発展途中だ(これはTBSに限ったことではなく、他の民放もニュースを中心とするCS局を系列で保有しているので、どこも同じような状況にある)。1次情報、特にビジネスに役立つ質のいいコンテンツの価値が高まっている状態であれば、この分野を強化するような対抗策をTBSが打ち出すというのも、1つ“アリ”な戦略なのではないかと思ったりする。

 またそれは、広告収入に頼らざるを得ない現在の民放というビジネスモデルを、1段発展させることにもなりえるのではないかとも思う。深みと幅のある1次情報の価値が高まっているのに、そのニーズに対応できないのでは、せっかくのビジネスチャンスを逃すことにもなってしまいかねない。

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