個人投資家が粉飾決算を見破るための3つのポイント山口揚平の時事日想

» 2007年04月10日 22時22分 公開
[山口揚平Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 年初から、日興コーディアルや三洋電機など、粉飾決算がニュースになることが多い2007年。IT系企業でも、例えばシステム開発会社のアイ・エックス・アイ(IXI)が粉飾額800億円超の不正取引を行い、上場廃止になるなどの“事件”が起きている(参照リンク)

 個人投資家にとって、自分が投資する企業がどのような決算を行っているかは非常に大きな問題といえる。このような事態に遭遇しないようにどのように身を守るかは、一大関心事のはずだ。どうやったら決算書を見て、粉飾にだまされずに済むか? 今回はそのポイントを紹介していこう。

なぜ企業は粉飾会計を行うのか

 まずは基本的な問いから始めよう。企業はなぜ、粉飾会計をするのだろうか?

 そもそも粉飾会計の基本は、利益を「創る」ことにある。米国で粉飾会計を「クリエイティブアカウンティング(創造的会計)」と呼ぶのはそのためだ(4月3日の記事参照)。売上から費用を引くと利益になることは誰でも知っているが、利益の要素である「売上」や「費用」は、実はとてもあいまいなものだということは、意外と知られていない。

 あいまいなものであるだけに、企業は利益を創って、投資家に見せることができる。ここでは「資産と費用」「売上と債務」に着目していこう。

 最初に考えるのは、資産と費用の関係だ。資産と費用は、実は親戚関係にある。

 資産とは、費用の1歩手前にあるもので、どちらも売上を上げるための“武器”にすぎないという点で共通している。資産と費用の違いは、「費用は1年間だけ売上に貢献する武器であり、資産は1年以上役に立つ武器」という点にある。

 資産と費用の切り分けはとてもあいまいだ。資産として計上するか、費用として計上するかで利益は変わってくる。仮に資産として計上すれば、その分、費用は減って利益が多く出ることになる。

“のれん”をどう計上する?

 例えば、M&Aで資産として計上されるものの中に「のれん(営業権)」がある。実際に企業を買収したとき、買収価格の一部を営業権として資産に計上するか、それとも費用とするかによって利益は大きくブレることになる。

 営業権の費用化については、日米で会計処理が異なる上、日本国内でも解釈の方法はさまざまだ。日本では、大体5年かけて徐々に費用化するのが一般的だが、米国では継続的に費用化せず、価値がなくなったときに一気に費用にすることが多い。

 1980年代、日本企業は高い株価を背景にして米国企業の大規模買収を繰り返した。ソニーはコロンビアレコードを買い、三菱地所はエンパイアステートビルを買収した。米国では買収金額を資産にできるため、これら日本企業は当初、大きな利益を創出できた。

 しかしこれらの買収は、その事業が生み出す利益と比較すると非常に高い値段で行われていたため、数年経つと「そののれんには価値がない」と判断されることになった。価値がないとなった結果、特別損失として一気に費用として計上され、結果として大規模な損失が生まれることになった。

 このように営業権を費用化せずに資産計上すれば、企業は利益を創り、株価を上げることができる。しかしそれは短期的なものであり、長くは続かないのだ。

売上と債務は“友達”

 費用を圧縮するのと同じように、会計で売上を増やすことも可能だ。もし売上と債務が“友達”だと言ったら、読者は驚かれるだろうか?

 例えば今、英会話教室のNOVAが授業料返還で裁判になっている。NOVAのような学習塾では、先に授業料を全額受け取り、前受金という「負債」にする。その負債が、授業ごとに「売上」に振り分けられる。

 売上を大きく見せたいのであれば、授業が行われる前に、預かったお金を売上として計上してしまえばいい。そうすれば自ずと利益は上がり、株価も上がることになる。

 資産と費用の関係、売上と負債の関係からも分かるように、会計には“タイミング”が非常に大きな要素になってくる。事業の成果を、どういう形でいつ明らかにするのかによって、会計は大きく変わってきてしまうのだ。

個人投資家が粉飾にだまされないための3つの方法

 上述した例からも、売上から費用を引いた利益がいかに“ナイーブ”なものか、分かっていただけたのではないだろうか。そこでここでは、個人投資家が粉飾に巻き込まれない方法を3つ考えてみた。

  1. キャッシュフローを見る
  2. 事業の実態と会計上の利益のギャップに注目する
  3. 粉飾の“動機”を見抜く

 1つ目は、キャッシュフローを見ること。利益を創るのに比べ、キャッシュ(現金)を創るのはやや難しい。なぜなら利益は、会計というルールに則った会社側の“意見”に過ぎないが、キャッシュは事実だからだ。もし自分は投資の初級者だと考えているなら、利益よりもキャッシュの動きに着目したほうが安全だ。

 そして2つ目は、事業の「実態」と、会計上の「利益」のギャップに違和感を感じたら投資をやめるということ。「儲かっていなさそうに見えるのに利益が出ている」企業は、粉飾の可能性を疑ってみる必要がある。財務上の数字ばかりを見るあまり、現場・現物を見失って投資するのは本末転倒といえる。

 そして粉飾に巻き込まれないための最後の方法は、粉飾の“動機”を見抜くこと。「なぜ粉飾をするのか?」という動機に目を向けるということだ。粉飾の動機は「事業上の動機」によるものと「経営者の動機」によるものに大別できる。

 まず事業上の動機とは、事業で利益を上げられないのでそれを隠蔽するために粉飾会計を行う、というケースだ。例えばカネボウが粉飾決算を行ったのは、繊維産業全体が斜陽産業となっている中で、どのように企業が利益を出していけばいいか、その答えが出なかったから、という見方ができる。カネボウという100年続くエリート企業が、粉飾によってでも利益を創出せざるを得なかった、構造的な状況があったと考えられる。

 もう1つの経営者による動機とは、企業の株かが上がることによって、経営者に大きなメリットが生じるため、経営者が積極的に利益を創ろうとするケースを指す。

 まずストックオプション等のインセンティブの強い“職業経営者”は、基本的に「化粧」好きだと考えていい。早く株価が上がることがそのまま自らの経済的成功につながるため、利益を“創る”可能性が高くなるのだ。

 企業がビジョンを持つことの大切さはここにある。ビジョンとは「終わりなき理想」のこと。裏返せば、「ビジョンなき経営者には“終わり”がある」ということになる。そのような経営者は、高値で株を売却するために、株価をコントロールしようとするかもしれない。

 従って私達個人投資家にできるのは、最終的に株の売却を考えている経営者には投資をしないということになる。IPOを「さーて、いよいよ始まるぞ!」と考える経営者と「やっとゴールだ!」と考える経営者では、その後の株価がどう動くかは明らかではないだろうか?

 大切なのは、会計は会計に過ぎないということ、それから枝葉末節ではなく、大局的・構造的に物事を捉えるということ。好むと好まざるとに関わらず、金融資本主義世界に生きている私達にとっては、自らの頭でモノの本質を見極めるということが、とても大切なのだから。

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