「コストをかけられなかったから、デザインが悪い」は言い訳――KDDI小牟田氏に聞くInterview:(1/2 ページ)

» 2006年03月31日 23時59分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 MNPに向けて携帯電話各社は総力戦の準備を進めている。特に注目されているのが携帯電話料金の値下げがどこまで起きるかだが、MNPの争点が「料金だけ」にならないのは周知の通りである。携帯電話は他の通信サービスと異なり、「端末」と「ブランド」が時として料金的な魅力を上回る訴求力となる。

 特に端末は、ユーザーが24時間365日持ち歩くもののため、競争における重要度が高い。クルマほどではないが、所有者のライフスタイルや感性を表現するツールでもある。“高機能”なだけでなく、デザインやセンスといった部分も重要になる。

 この携帯電話デザインの分野で、早期から積極的な活動をしてきたのが、KDDIのau design projectである(2004年7月22日の記事参照)。携帯電話デザインを取り巻く環境はどう変わってきたのか。そして、今後どうなるのか。KDDIプロダクトデザインディレクターの小牟田啓博氏に話を聞いていく。

photo KDDIプロダクトデザインディレクターの小牟田啓博氏

携帯電話デザインを取り巻く5年間

 小牟田氏が「auのデザインを何とかする」ためにKDDIに入社したのは、今から5年前の2001年だった。当時はiモードの全盛期で、新たなサービスや新たな機能が注目される一方、携帯電話のデザインは実装するデバイスやパッケージングに比べて重視されていなかった。当時と今とでは、どのような変化があったのだろうか。

 「(2001年)当時もデザインがされていなかったワケではないのですが、開発に占める重要性が違いますね。(当時の)ユーザーがデザインに注目していなかったのではないのです。しかしキャリア側は機能だとかデザイン以外の部分に力を入れていた。ですから、au design projectでやってきた5年間というのは、『デザインのニーズ』を商品力に結びつけていく活動といえます」(小牟田氏)

 その時小牟田氏が考えたのが、「できるところから手をつけよう」ということだった。au design projectの活動というと、その第1号機であるINFOBARが象徴的だが(2003年10月6日の記事参照)、その手始めはもっと地道な活動だったのだという。

 「(一般モデルの)形を少しずつ変えて、シンプルにまとめていく。あとはカラーリングですね。季節ごとに服の色が変わるように、携帯電話も季節ごと、さらに(購入するターゲット層の)人によってカラーリングを変えていこう。カラーにはこだわりを持ってきました。

 あとはインタフェースのデザインです。キャリア(のデザインディレクター)として考えたのは、『飽きずに使い続けてもらうこと』。UIは根本的にやると難しいのですけれど、使いやすさとセンスの両立はがんばってやってきました」(小牟田氏)

 この中で筆者が重要だったと感じているのが、小牟田氏のUIへのこだわりだ。ただ使いやすいだけでなく、使うだけで嬉しい・楽しいと感じさせるUIは、ユーザーが端末を購入した後の満足感を向上させるからだ。実際、auの端末は世代を経るごとに、使いやすさとセンスのよさの水準を向上させてきた。

 「デザインをする力は、実は(他社と)それほど差がないんですね。それは5年前から今に至るまで変わりません。ただ、5年前からINFOBARが登場するあたりまでは、デザインをする力は同じでも、キャリアとしてのデザインに対する理解度、デザインを実現する決断力に差があったと思っています。INFOBAR以後は、KDDIが会社としてデザインに取り組む姿勢がお客様にも伝わり、顧客満足度調査で上位に位置する要因にもなりました(2005年11月24日の記事参照)」(小牟田氏)

 au design projectが世に出て、「デザインのau」が1つのブランドとして確立され、ドコモをはじめとする他キャリアもデザイン分野に力を入れてきた。小牟田氏はこれを「デザインプロデューサーとして見れば、いいことだと思う」と話した。

デザインはコストとリソースを取れるようになったか

 au design projectの一連の取り組みは、携帯電話の商品力向上、キャリアのブランド形成に“デザインの力”が有効であると実証した。しかし、他のプロダクトがそうであるように、携帯電話の開発も「コストとリソースの取り合い」である。この中で、デザインに対する扱いは変化したのだろうか。

 「デザインに対する決断力の部分では、KDDIは恵まれた環境にありますが、コストとリソースに関しては依然として厳しいままですよ(苦笑)。状況としては、むしろ厳しくなる一方です」(小牟田氏)

 その背景には、MNPに向けて端末開発コストを圧縮する、というキャリアの大きな目標がある。MNP時には端末の安売りがどうしても必要になるため、インセンティブの“痛み”を減らすために全体のコストは減らさざるを得ない。小牟田氏は「正直、デザイン(も含めて)にコストをかけられるドコモさんが羨ましい時もあります」と笑う。

 「コスト的に厳しくても、お客様の期待に応えていかなければならない。5年前と比べて楽になったところがあるとすれば、デザインにコストをかけるモデルなら、(コスト負担を)理解してもらえるようになったことですね」(小牟田氏)

 しかし、コストの課題は大きいものの、デザインへのこだわりをより強く持っているものもあるという。それがauのエントリーモデルだ。

 「エントリーモデルは開発が『さてコストはどうしますか』から入るから、むちゃくちゃ厳しい。それでもこのセグメントはデザインの重要性が高く、絶対に安物のように見せてはいけない。ここがデザインの重要なところなのですが、お金をかければ必ずよいデザインが生まれるかというと、そうではない部分もあるのです。『コストがかけられなかったから、デザインが悪い』は言い訳です。その商品の企画に合わせたパーフェクトなデザインを、限られたコストで実現する。これがプロの仕事です」(小牟田氏)

デザインと販売サイドの関係

 携帯電話のデザインが商品力を左右するようになると、当然ながら販売サイドの見方も変わってくる。数年前ならカラー液晶やカメラの性能が販売サイドの興味の対象だっただろうが、今では「売れるデザインを」という声もあるだろう。実際、クルマの世界では、一部のコンセプトカー的なモデルをのぞけば、デザイン部門に対する“販売サイドの声”は有形・無形のプレッシャーになっている。

 「販売サイドのデザインに対する期待値は確かに上がっていますから、プレッシャーというほどではありませんが、その声は届いてきています。また、(ドコモのように)数十万から百万台の単位で売れるデザインを考えなければならない、というプレッシャーはありますね。デザインとしてパーフェクトを目指し、お客様の感性にあわせて売れるものを作るというのは、さじ加減の世界です」(小牟田氏)

 ほかにも、キャリアとしての戦略がデザインに影響することもある。その特徴的な例が今年の春モデルだ。

 以前、本コラムでも指摘したとおり(3月8日の記事参照)、今年のau春モデルはモノトーン系のカラーリングが多い。従来の春商戦向けは華やかなカラーリングからモノトーン系に路線を変更したのは「偶然ではない」(小牟田氏)。

 「我々は独自にカラーのトレンド分析をしています。(モノトーン系を増やしたのは)その結果が1つ。さらに、お客さんの声としてモノトーン系のニーズは以前からありました。そこにビジネス層にフォーカスするというau全体の戦略が重なった。これらの要素から、今年の春商戦向けはモノトーンのラインアップを増やしました」(小牟田氏)

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