KDDIにとってのモバイルWiMAX(後編)Interview:

» 2006年02月10日 13時28分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 昨年後半からにわかに脚光を浴びるようになったモバイルWiMAX(IEEE802.16e)。移動体通信ビジネスの中で、この新技術はどのようにビジネス化されていくのか。昨日の時事日想・特別編に続き、KDDI技術統括本部技術開発本部長の渡辺文夫氏に聞いていく。

KDDI技術統括本部技術開発本部長の渡辺文夫氏

携帯電話インフラとシームレスな環境を実現

 新たな通信方式を採用してインフラを作る場合、課題となるのが全国エリア展開である。基地局設備の整備のスピードには物理的な限界がある一方で、ユーザーのエリアに対する不満はサービスへの悪印象を招く。KDDIはモバイルWiMAXのエリア展開をどのように行うのか。

 「(モバイルWiMAXなど)ワイヤレスブロードバンドのエリア展開は、セルラー(携帯電話)をベースに補完していきます。現在、提供しているEV-DOのネットワークはもうすぐ(人口カバー率)100%に達しますけれども、この上に団子を重ねるように新たなアクセス手段として追加するイメージです」(渡辺氏)

 渡辺氏によると、モバイルWiMAXサービスが始まる時は、EV-DOのネットワークとのシームレスなサービス切り替えの環境が提供されるという。モバイルWiMAXのエリア内では大容量・低価格のブロードバンド接続が可能になり、そのエリア外でも現行のEV-DOネットワークに自動的に切り替わり、接続そのものが切れるわけではない。KDDIは1998年以降、携帯電話の世界でもインフラの進化を「ネットワークを重畳させる」手法でシームレスに行ってきたが、モバイルWiMAXでも同様のアプローチを取る模様だ。なお、モバイルWiMAXのエリアとしては当面は「主要都市を想定している」(渡辺氏)という。

 「エリア展開については、KDDIが所有する今の基地局にコロケーションだけで広げられるように設計しています。新たな通信方式でコストがかかるのは、土地探しから設備設置、付帯工事まで含めた基地局新設の部分ですから、ここは既存のインフラをフル活用していく。ただ、アウトドア(の基地局)からインドアを狙うというのは難しい部分もあるかもしれませんから、屋内基地局の展開や、現在の制度では実現が難しい手法も含めて、エリア展開については多くのシナリオを考えています」(渡辺氏)

携帯電話のビジネスとは別の領域を狙う

 KDDIはモバイルWiMAXを「携帯電話インフラの補完」に使う。その最大の狙いは通信コストの削減だ。

 「モバイルWiMAXを採用する狙いは、ビットあたりの通信コストをドラスティックに下げることです。KDDIはこれまでCDMA2000 1xから始めて、既にEV-DOで3Gを進化させていますが、これも狙いはビットあたりの通信コスト削減です。EV-DOを導入したことで、(他社にはない)ダブル定額を実現して、携帯電話に限ってはいますがリッチなコンテンツをお客様に存分にお使いいただけるようになった。モバイルWiMAX導入では、EV-DO導入以上にビット単価を下げることがポイントになります」(渡辺氏)

 しかし、モバイルWiMAXを導入したからといって、ビット単価圧縮のミッションがEV-DOなど3G系の技術から委譲するわけではない。携帯電話系インフラの進化は継続させながら、平行してモバイルWiMAXで補完的なビット単価の削減を狙う。

 「現在のセルラーのビジネスと同じことをやろうとは思っていません。(モバイルWiMAX導入の)もう1つの狙いは、新しいマーケットを作っていきたいということ。また、作っていかなければならない。

 今までのセルラーのビジネスというのは、あくまでハンドセット(携帯電話)をターゲットにしたものです。そのビジネスが巨大化する中で、それ以外はマイナーマーケットだった。例えばノートPC向けの通信サービスやPDAなどは、世界的に見てマイナー市場ですし、特に日本はそうです。今はウィルコムが頑張っていますけれども、(携帯電話の)9000万の世界から見ればマイナーであることは間違いありません。

 ただし、ノートPCの出荷台数の伸び率という点でこの市場を見ますと、すごいものがある。またポータブルゲーム機やiPodのような専用デジタル機器の市場も急拡大している。通信キャリアとしては、こういった『携帯電話以外』のモバイル通信市場をもっと作っていかなければならない。ここが狙いです」(渡辺氏)

人と同じことをやる必要性

 携帯電話市場の戦いから、“携帯電話以外”の市場を狙っていく。その中でKDDIは、技術採用のスタンスや戦略も変えていくという。

 「KDDIがauの3Gを始める時には、他社との違う技術(CDMA2000系)を選択した。これは携帯電話市場のビジネス特性と、KDDIの成長戦略において『ドコモと違うことをやる』メリットがあったからです。

 一方、ワイヤレスブロードバンド分野については(auとは)逆のことを考えていて、こちらはグローバルな市場性に根ざしたことを考えている。ハンドセットではない市場は、オペレーター(キャリアの)ドライブで動く世界ではない。例えばポータブルゲーム機やパソコンの市場は、(販売モデルの違いにより)我々がドライブできる世界ではありません。そう考えると、この市場に投入する通信技術は世界流通性や共通性が、携帯電話市場以上に大切になる」(渡辺氏)

 周知のとおり、日本の携帯電話市場は端末とサービスが一体化しており、キャリアが開発・販売の両面をコントロールしている。このビジネスモデルの特徴や環境をうまく利用して、KDDIは3G移行期をドコモとの距離を縮めるチャンスに変えた。だが、この“成功体験”はすべての市場で通用するものではなく、モバイルWiMAXによる新市場開拓では舵取りの方法を変える考えだ。

 また、この市場に臨むスタンスの違いは、技術採用についても現れている。渡辺氏はクアルコムが提唱する802.20など新方式に触れて「2年後に出てきた技術だから、(モバイルWiMAXより)優れているのは当然」(1月19日の記事参照)と認めた上で、ビジネス的な課題を指摘する。

 「(802.20は)802.16eのウィークポイントをみんな直してくれています。そもそも802.16eは固定向けワイヤレス通信技術を手直しして使うものですから、モバイル向けでない部分は多く存在します。そういう意味では、技術的優位性があちら(802.20)にあるというのは正しいことをおっしゃっている。しかし、あちらは2年遅れで登場した技術ですから、(2007年から2008年の商用化を目指すという)時間軸の問題がある。

 そして、もうひとつの課題として、(802.20の)標準化のやり方や供給体制があります。802.16eは多くの企業が集まって標準化しているので技術的に脈絡のないものをまとめる苦労がある。しかし、意見がまとまれば産業界全体の総意ですから、サプライヤーの数は多いですし、将来的にチップの価格が下がります。しかし、1社のサプライヤーがすべてとりまとめた技術は、確かにきれいにまとまっていますが、将来的に複数サプライヤーによるサポートや競争が見込めるのかという疑問があります」(渡辺氏)

商用化に向けたタイムテーブル

 このようにKDDIは、ワイヤレスブロードバンドのサービス実現と市場創出に、かなり現実的な感覚で取り組んでいる。今後のスケジュールについては、「総務省も実現に向けて前向きなので、2006年度中にはライセンスの片がつくと期待している」(渡辺氏)とした上で、免許交付から1年半程度での商用化を想定している。また、802.16eの機器類も2007年頃から調達可能になりそうだという。両社の足並みが揃うタイミングとしては、最も早いペースで2007年後半になりそうだ。

 モバイルWiMAXについては、KDDI以外にもイーアクセスやソフトバンク、NTTドコモもサービス導入に前向きな姿勢だ。それらも周辺環境の整備を鑑みれば、やはり2007年頃が商用化のタイミングになるだろう。モバイルWiMAXは来年に向けたキーワードの1つになりそうである。

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