「それより“HDD搭載音楽携帯”が欲しい」という声に、誰が応えるか?(後編)神尾寿の時事日想

» 2005年09月14日 11時51分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 キャリアにとって携帯電話は「サービスを売るための端末」である。特に日本の既存キャリアは、端末の開発・販売・サポートを一貫して自社ブランドの下でコントロールするモデルを作り上げたため、“キャリアのビジネス”に貢献するか、少なくとも阻害しないことが新デバイス採用の条件になる。

 翻って現時点での「HDD内蔵携帯電話」を見ると、端末/デバイスメーカーのメリットや、ユーザーのニーズはあるものの、キャリアのメリットが薄い。PCでの音楽CDリッピング・携帯電話への転送ではキャリアの収益に貢献しない。着うたフルなど大容量コンテンツの保存量を増やし、その利用を促進する部分を除けば、「ハイエンドモデルの付加価値」以上のメリットはない。端末コスト上昇、故障対応などサポート負担増加の懸念、さらに端末サイズやバッテリー持続時間に対する悪影響などのデメリットがある事から、既存キャリアが積極的に採用機種を増やすとは考えにくい。

新規/既存キャリアのFMCと、MVNOに期待

 では、HDD内蔵携帯電話が登場する可能性はどこにあるのか。

 筆者が期待しているひとつのシナリオが、コンシューマー向けFMCを前提とするものだ。この分野は、固定網ブロードバンド回線事業者を出自とする新規参入事業者が強みとするほか、2006年後半には既存キャリアのFMCも始まる模様だ。

 FMCでは固定網ブロードバンドのインフラが使えるので、HDD容量をキャリアビジネスに取り込む事が可能になる。音楽・映像の大容量コンテンツを固定網ブロードバンドで配信し、無線LANなどを使ってシームレスかつセキュアにHDD内蔵携帯電話に転送する仕組みを作れば、HDDをキャリアのコンテンツビジネスモデルの中に組み込めるのだ。超流通モデル(2004年11月10日の記事参照)を使い、課金を携帯電話側にすれば、既存キャリアのビジネスにもなる。

 FMCを前提にすれば、既存キャリアが一部の機種で先行的にHDD内蔵携帯電話を導入し、メリット/デメリットを含めて“効果を図る”シナリオが考えられる。早期に導入するキャリア・メーカーは、「ハイエンド分野における先進的なイメージが得られる」というメリットもある。今後の布石も踏まえれば、既存キャリアからHDD内蔵携帯電話が登場する可能性はゼロではない。

 一方、新規参入事業者だが、彼らは既存キャリアとの差別化と端末調達プログラムの都合から、海外メーカー製を中心とするスマートフォンを導入する可能性が高い。この過程でも、新規参入事業者のハイエンドモデルとしてHDD内蔵携帯電話が登場することは考えられる。

 また別のシナリオとして考えられるのが、メーカーやメーカー系ISPによる自社ブランドによるMVNO参入だ。特にインフォニクスの「MVNE」のようなMVNOのバックヤードサービスが充実・使いやすくなれば、ハードウェアの上にサービスを載せるという従来とは逆のアプローチが可能になる。FMCに比べればこの実現性は低いが、それでもアップルやソニーなどブランド力の高いメーカーが「ケータイ付きHDDプレーヤー」を出せるシナリオがある、という事は考慮しておいて損はないだろう。

HDD普及が先か、メモリの低価格化が先か

 今回はHDD内蔵携帯電話にフォーカスしてきたが、一方で忘れてはならないのがシリコンメモリの大容量化・低価格化の動きだろう。これまで「小型HDDはシリコンメモリに比べてビット単価が安い」というのが通説だったが、iPod nanoが範を示したように、世界規模での巨大なボリュームが見込めるならば、大容量シリコンメモリ搭載機を安価に投入することも不可能ではない。モバイル端末に重要な消費電力・耐衝撃性能・サイズの点ではシリコンメモリに優位性があり、ビット単価がほぼ同じならば、キャリアは迷わず、シリコンメモリの採用に動くだろう。

 “iPod nano効果”で大容量シリコンメモリの市場に火がついた事は疑いようがない。今後デバイスメーカーの生産体制強化・増産が行われれば、価格は下がり、供給が安定化する。そうなれば、HDD内蔵携帯電話が登場したとしても、大きく普及する前に、大容量シリコンメモリが主流になる可能性がある。HDD内蔵携帯電話の動向と同時に、「HDD普及が先か、メモリの低価格が先か」という部分にも注目しておいた方がいいだろう。

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