日本の“音声通話”、利用率向上は可能か(後編)神尾寿の時事日想

» 2005年07月19日 23時58分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 前回に引き続き、ワイヤレスジャパン2005(特集参照)でボーダフォンの津田志郎会長の提示したテーマ「音声通話利用率(MOU)」の各国比較と、日本と欧米の違いについて考えてみたい(参考記事12)。

 日本のMOUは低下しているのに、欧米、特に米国のMOUは上昇している。この理由として、前回は「モビリティの違い」を挙げた。そしてもう1つ、筆者が大きいと考えているのが、「ビジネスにおける音声通話利用の違い」だ。

ボイスメール“文化”がない日本のケータイ

 海外、特に米国で仕事をした事のある人ならば、日本と欧米の「ビジネス電話」利用の文化が異なる事をご存じだろう。欧米の企業ではあたりまえなのに、日本の企業ではあたりまえでないもの。それが「ダイヤルイン(個人番号)」と「ボイスメール」である。

 欧米のビジネス電話では、電子メールと同様に1人1番号の「個人電話」が進んでおり、電話がかけた相手が不在や会議中ならば、そのままボイスメールにメッセージを残せる。日本のように他の社員や電話受付係が代わりに電話に出て、

 「※※※はあいにく席を外しています。伝言を承るか、折り返しご連絡します」

 といった対応は少ない。ビジネスの個人化と、その個人の情報化が進んでいるのだ。

 最近のボイスメールシステムでは、緊急性の低いメッセージはダイレクトにボイスメールに録音し、通知だけを送る事もできる。ボイスメールは電話の「リアルタイム性」に、電子メール的な「準リアルタイム性」を付加した新しいコミュニケーションツールになっている。

 ボイスメールなら外出先から音声通話でメッセージを確認、その場で相手に電話をかけたり、相手のボイスメールに連絡をする事ができる。過日、ボーダフォン法人営業統括部のマイケル・ベナー部長らと意見交換をする機会があったのだが、欧米のビジネスシーンでは「ボイスメールを聞いて、相手のボイスメールに録音する」というボイスメールの“電子メール的な”使い方が急速に広まっているという。リアルタイムの電話と、準リアルタイムのボイスメールの使い分けが生まれているようだ。

 一方、ボイスメール“文化”がない日本では、当然ながら、携帯電話との連携も進まない。最近でこそ携帯電話同士で連絡を取り合う機会も増えたが、個人契約の携帯電話をビジネスでも利用するビジネスコンシューマーは、すべての関係先に携帯電話番号を知らせるワケにもいかないだろう。企業における電子メールの利用は増加したが、音声通話に関しては、昔ながらの「電話」のまま。それが携帯電話に延伸してきただけ、と言える。

生産性の概念で、日本のビジネスシーンが変わるか

 実は筆者も、ボイスメールや、その類似的なサービスは積極的に導入し、試してきた。筆者のように特定企業に常駐せず、個人で働く人間にとって、コミュニケーションの効率化は極めて重要だからだ。

 1999年からしばらくの間、J-フォンのボイスメッセージサービス「メール20」を利用し、センターに直接メッセージを録音できるボイスメール機能を積極的に使ってもらおうとした事がある。しかし、3年間使った結果、誰1人としてボイスメールを残してくれなかった。筆者は多くのキャリアやIT企業社員と連絡を取り合っているのに、その中の誰1人としてボイスメールを使わなかったのである。メール20は単なる留守番電話機能にしかならなかった。

 これはあくまで筆者の個人的体験だが、日本の多くの企業では、コミュニケーションの分野で生産性の概念が乏しいのではないか。カタログの数字として表れる低料金=コスト削減は重視している。しかし、ボイスメールの導入とモバイル活用による生産性の向上や、中長期的な人的コスト削減効果がしっかりと考えられているかは疑問だ。通話料金が少し安くなるよりも、社員が電話の取り次ぎから解放される方が、企業のメリットが大きいはずなのだが、礼と慣習が重視される日本では、こういった考え方はなかなか広まらない。クールビズと同様、「みんながやらないと導入しづらい」のが現実なのだろう。

 筆者は、日本のMOUはビジネス需要の方に、より大きな伸びしろがあると考えている。しかし、それは企業の生産性向上とセットでなければ、コンシューマー市場と同様に低コスト化のためのデータシフトになっていく。ボイスメールのような新しい音声コミュニケーションの仕組みを開発し、日本のビジネス文化の中に広めていく努力が必要だ。

 その点でボーダフォンやウィルコムが率先し、「もう一度ボイスを考えてみる」(津田会長)というのは、よい傾向である。特に欧米のボイスメール文化をよく知るボーダフォンは、この分野のノウハウを多く持っている。日本企業の生産性向上のためのサービス/アプリケーション開発に期待したい。

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