第51鉄 キハ52と保存車両とホタルトレイン――房総横断ローカル線紀行(後編)杉山淳一の+R Style(2/6 ページ)

» 2011年07月12日 11時34分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

昭和の列車は窓が開く

 キハ52は土日のみ、急行列車として運行されている。乗車には300円の急行料金が必要だ。定員制で、急行券は各列車60枚の限定販売となっており、そのうちボックスシート4つ分(16席)は指定席。こちらはプラス300円である。

 鉄道ファンはさっそく車内を撮影している。私もカメラを取り出した。大糸線時代にもキハ52に乗車したことがあるが、混雑していたから撮影を遠慮していた。今日はほとんど鉄道ファンだから、交互に運転台を撮ったり、ボックスシートを撮りたい人へ席を提供したりと譲りあって撮影を楽しんだ。

 キハ52の車内はJR西日本で使われていた当時の姿を残している。製造時のままではなくて、乗客サービスのためにシートを張り替えたり、ワンマン運転用の料金箱があったり。そして、登場時にはなかった冷房装置も付いている。この日も冷房が効いていて涼しかったが、あえて前後の席のお客さんに声をかけた。「窓を開けたほうが気持ちいいよね?」誰もが賛成してくれた。まだ初夏だし、曇り空で暑さもそれほど厳しくない。やっぱり昭和の汽車旅は、窓を開けなくちゃ雰囲気が出ない。

 列車が走りだすと、古いディーゼルエンジン独特のガラガラという音、そして微かな油臭さが漂う。高校時代、ワイド周遊券で全国のローカル線を乗り歩いた頃を思い出した。40代半ばの私にとって、蒸気機関車は珍しいけれど懐かしさは薄い。でも、旧国鉄形ディーゼルカーは思い出が多い。この匂いは青春の匂いだ。懐かしすぎて涙が出そうだ。泣いてもいいかな。たぶんすぐに風が吹き飛ばしてくれるだろう……。

駅で購入する指定席急行券は硬券の手書き。奥は1日フリー乗車券
窓を開けて、昭和の汽車旅を楽しもう!

ここはムーミンのふるさと?

 急行3号は林を通りぬけ、小さな鉄橋を渡り、田園地帯を快走する。そして「風そよぐ谷 国吉」駅で長時間停車。これは乗客たちが記念撮影できるようにという粋な計らいだ。この駅にはいすみ鉄道直営ショップ『VALLEY WINDS』があり、同社のオリジナルグッズやムーミンのキャラクターを販売している。長時間停車には「ここでお買い物をしてね」という意味もあるようだ。

一般型塗色と青地に白のサボ(サイドボードの略:行先表示板)、Y字型ポイント。この写真だけ見ると昭和時代そのまま
初夏の心地よい風を浴びながら。でも微かに油の匂いがする

 ムーミンといえば、私の子供の頃にアニメが放送されていた。今でも誰かに振り向いてもらいたい時に「ねぇムーミン、こっちむいて」と歌いそうになる。しかし『VALLEY WINDS』にいるムーミンたちは、ちょっと雰囲気が違う。どうも私が子供の頃に見ていたムーミンは原作者のお気に召さなかったらしい。1990年に原作に忠実なムーミンが作られて以降、私のムーミンは消えてしまった。

 それでもムーミンは懐かしい。ちなみに、キハ52が活躍した時期と、ムーミンの初期のアニメが放送されていた時期はほぼ同じ。つまり、いすみ鉄道は高度成長期生まれにとって懐かしい仕掛けがいっぱいだ。いすみ鉄道は2009年から「ムーミン列車」として車体にムーミンと仲間たちを描いている。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.