第38鉄 夏の青春18きっぷ旅(2)吾妻線、噂の現場を歩く杉山淳一の+R Style(4/6 ページ)

» 2010年09月17日 21時08分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

炎天下、6kmを歩こうと決める

 長野原草津口駅には「駅レンタカー」を呼び出す専用電話があった。レンタカーは良いアイデアかもしれない。「やんば館」へ行き、さらに「日本一短いトンネル」も巡るならタクシーより安いだろう。しかし。私は今「青春18きっぷの旅」をしているのだ。なんとなく“クルマに乗ったら負け”ではないかと思う。悩みつつ長野原草津口駅の駅前を眺める。有名温泉地の最寄り駅だけあって、立派なバスターミナルが併設されている。バス停というよりも「バスの駅」という趣だ。昭和の温泉観光ブームという言葉が浮かぶ。

長野原草津口駅。温泉各地へ向かうバスターミナル

 そのとき、心地よい風が吹いた。太陽は照りつけているけれど、風は涼しい。「この風が吹くなら歩こう」と歩き出した。吾妻線と吾妻川に挟まれたこの道、国道145号線はGoogleマップによると「日本ロマンチック街道」と書かれている。長野県上田市から栃木県宇都宮市まで連なるルートとのこと。そんな道路の愛称まで表記するなんて、Googleマップはおちゃめだ……。

ロマンチック街道を歩く

 太陽に照りつけられ、木陰でほっとして……と繰り返しながら延々と歩いていく。留守宅の民家の番犬に吠えられたり、トラックが巻き上げる誇りにむせたり。途中、農産物直売所を見つけて、そこの自販機で冷たいお茶とスポーツドリンクを購入。のどを冷やしながら吾妻川を覗いてみると、重機が1台だけ動いていた。「湖底」の地ならしは細々と続いているようだ。直売所のおじさんに尋ねると、やんば館まであと1キロちょっととのこと。道路標識の隣に電光掲示板があり、気温「33度」を示していた。

「やんば館」に到着。しかし新ルートは……

 Tシャツは汗で色が変わり、ジーパンまで搾れそうなほどの汗だく状態。それでも歩く。目的地があるから気力は続く。廃線になる予定の鉄橋で写真を撮れば、気分転換にもなった。道のりのほとんどが下り坂でよかった。やがて上空に高くて長いコンクリート橋が見えてきた。あれも確か、八ツ場ダム問題で報道されていた橋である。テレビで見たときは橋桁だけだったけれど、その後、工事が進んで道路部分が組み上がったようだ。

 この橋をくぐり抜けたところに「やんば館」があった。入り口のそばにこの地域の模型があって、ダムと今の集落の位置関係が分かる。吾妻線の新ルートも表示されていた。車窓から見えた橋を渡った線路は、そのままトンネルに入る。長いトンネルを出て新しい川原湯温泉駅に着くと、また長いトンネルに入る。そのトンネルを出ると長野原草津口の橋に出る。つまり、新しいルートはほとんどトンネルの中で、現在のように景色を楽しめそうになかった。私がここまで歩いたルートも水没する予定になっている。忠実な番犬が居た家も、気さくなおじさんが居た野菜直売所も水没予定地であった。

やんば館に到着
ダム予定地の模型などが展示されている

 「やんば館」の展示物はダム建設の構想や経緯のパネルが主だ。そこには予定地の人々の反対運動と和解、そして葛藤についても紹介されている。この建物は2階がある。その階段には「2階には展示物はありません」の貼り紙があった。それならなぜ2階建てなんだろう。いずれ水没する建物だというのに……。私はダムの是非を語る立場にないけれど、こういう無駄も反対派のツッコミどころかもしれない。

川原湯温泉駅に向かう途中にある、国指定記念物「臥龍岩」。龍が横たわる姿に似ていることから名付けられた。230年前に形成されたそうだが、ここもダムができれば湖底に沈む

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