生命保険は悲惨なギャンブル――ヤクザのばくち場は、一番公平!?:山口揚平の時事日想
先進国の中で見ると、きわめて高い日本人の保険加入率。しかし、ちょっと待ってほしい。あなたは本当に、その生命保険に入るべきなのだろうか……?
ここのところ保険金不払い事件が続き、保険会社各社は対応を迫られている。主要生命保険12社がまとめた保険金や給付金の不払い調査では、不払いが2001年からの5年間で約23万件、約268億円に上ることが判明した。中小生保26社の不払いは約2万件、約17億円だった。現場によっては、ゴールデンウィーク返上で調査に当たったところもあるだろう。
だがこの不払い問題は、単純なモラルの問題ではなく、実はもっと根が深いものだと私は考えている。それは、現在の保険業界の構造的な問題だ。
生命保険の構造的な問題点とは?
海外の先進国の保険加入率は通常5割程度。9割を超える日本の加入率の高さは明らかに異常である。
これまで日本の高い保険加入率が成り立っていた背景には、日本人のお金に対する知識の欠如があったと私は考える。不払いの実態がこれまで公になっていなかったことから見えてくるのは、契約者の保険内容への知識の低さや、そもそも保険金の必要性が低いという事実だ。
実際、聞こえの良いCMに導かれ、生命保険の正体など考えることもなく加入してしまった、という人は多いだろう。
保険の正体とは何か。ファイナンス的に言ってしまえば、それは「自分が死ぬほうに賭ける」という意味の賭けである。しかも、死んでしまったほうが勝ちというなんとも悲惨なギャンブルだ。
つまり私達は保険料を払ったとたん、保険会社という巨大な胴元に手数料を抜かれる、損な賭けに参加したことになるのだ。
簡単な例で考えてみよう。保険料1万円で、自動車保険に入ったとする。事故に合う確率が0.1%だとすると、もし事故にあったら私達は、1000万の保険金を受け取れるべきだということになる。これは次の式で明らかだ。
支払う保険料1万円 ÷ 事故の確率0.1% = もらうべき保険金(1000万円)
ところが実際には、保険料の20%は保険会社が徴収するので、実際にもらえる保険金は800万ということになる。
実際に掛けられた保険料8000円 ÷ 事故の確率0.1% = もらうべき保険金(800万円)
「1万円の掛け金で800万もらえるならいいや」と考えるのは、この場合間違っている。賭けとしては確実に損をしているからだ。
それでは、何のために保険会社はあるのだろう? それは「何らかの危険が起こったとき、どうしても補填する必要がある」ためだ。逆にいえば、自分が死んでも家族が路頭に迷わないで済む程度のお金があれば(=リスク許容度が高い人であれば)、保険に入るのは不合理だ。日本人40歳男性の年間の死亡率は、1万人に1人程度に過ぎない。ましてや、日本では遺族に対する補償は手厚い。生活費の援助は電気・ガスから教育まで多方面に及ぶ。こういう背景を踏まえると、保険に入る意味が本当にある人は、実は少ないともいえる。
貯蓄好きな普通の日本人が最も金持ちになる瞬間は、実は死ぬ時である。あの世では現世のお金は使えないのに、これはこっけいな話だ。
一番“公平”なのは、ヤクザのばくち場?
保険の例以外にもわれわれの周りには不利なギャンブルが多い。
たとえば宝くじがそうだ。宝くじの胴元が抜くテラ銭は売り上げの52%。つまり100円の宝くじ1枚の価値は、買った瞬間にはすでに48円まで落ちてしまっているのだ。これは、今の世の中で最も損な賭けである。
ちなみにこの理屈でいくと、もっともフェアな賭博は、実は「ヤクザ」のばくち場である。ヤクザのばくち場ではテラ銭は5%程度にすぎない。なぜなら、ヤクザのばくち場は自由競争市場だからだ。あまりにも多くを客から抜けば当然、ライバルに負けてしまうため、この程度に落ち着くことになる。その一方で、例えば競馬(農林水産省管轄)のテラ銭は25%、パチンコ(警察庁管轄)は約20%である。お上が絡むほど参加者にとって不利な賭けになるのだから、これは皮肉な話である。
生命保険が売っているのは、安心という“感情”
ところで、ギャンブルにせよ保険にせよ、なぜ私達はこのような不利な賭けに参加してしまうのだろうか? それはわれわれ人間が、「小さな確率をより重視し、大きな代償を払う」という性質を持っているからだ。
多くの人は、「もしかしたら、3億円が当たるかもしれない」と期待して、宝くじを買う。そして「ひょっとして事故が起こるかもしれない」と不安になって、保険に入る。
これらの期待と不安は、われわれに確率以上に大きな代償を求める。つまり生命保険は、私達に安心という“感情”を売っているわけである。また宝くじの1等も、250万分の1という極小の当選確率が持つ数字的意味は忘れ去られ、「3億円が当たるかもしれない」と期待する感情にばかり焦点が当てられる。このような感情志向に基づいて判断を繰り返していけば、自然と財布の中身が薄くなっていくことは、誰にでも分かることだ。
保険会社の“GNP”とは
これまで日本の保険会社では、「GNP」と呼ばれる保険営業が中心だった。義理(G)・人情(N)・プレゼント(P)で感情に訴えかける営業方法である。だが海外では、保険加入にプレゼントをつけることは稀で、保険は純粋な金融商品として提供されるのが普通だ。また株式投資の世界でも、米国では株主優待を付けて個人株主を釣ろうという発想はない。純粋に企業価値を高めることが株価を高めることにつながるという理解が、国民の中に根付いているのだ。
日本でもこれからお金の知識の普及が進めば、今後は保険加入率の低下が避けられないだろう。現在の保険市場は45兆円といわれ、そのうち生命保険が20兆円程度と想定されるが、加入率が5割まで下がれば、市場規模は現在の3分の2程度まで落ち込む可能性がある。そうなれば、高コスト体質の既存保険会社は固定費をまかなうことができず、破綻したり買収されてゆくであろうことは容易に想像がつく。
これからの私達にとって大切なことは、お金を使うときに、それは一体何の対価なのかを一旦立ち止まって考える姿勢ではないだろうか。それは本格的な資本主義世界に生きる、私達の“義務”でもある。
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