高齢化社会の到来で、クルマに必要になる“福祉“の視点とは?池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)

» 2015年05月25日 09時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
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 あれから20年、福祉車両もだいぶ進化した。例えばホンダの「N-BOX+」(参考記事)だ。現在軽自動車ではハイルーフモデルが流行している。この理由のひとつに、家族を迎えに行った時、自転車をそのまま積んで帰ってこられるという訴求点がある。N-BOX+ではこのためにリアゲートにスロープを用意した。「重たいチャイルドシート付きの電動アシスト自転車でも簡単に積み込めます」。しかしこの機能は、スロープを車椅子対応のオプションに換え、車椅子固定用の器具を追加すれば簡単に福祉車両として使えるものになる。

 もっとシンプルな方法を考えたのがマツダのCX-3だ(参考記事)。CX-3は、開発時に老若男女問わず着座時に負担のかからない座面の高さを研究し、その高さを600mmに設定した。リフトもスロープもないが、こうしてシートの高さを最適化するだけでも乗降の負担は減る。クルマの設計時にユニバーサルデザインを考慮すれば、無改造で一定の効果が得られるわけだ。

ホンダN-BOX+。オプションパーツを装着するだけで無改造で車椅子用のスロープを使うことができる

 改造をしないで済めば、下取りに出すときもごく普通に査定してもらえる。お年寄りの介護のために購入すれば、不幸にして要介護者が亡くなる場合も当然ある。従来の福祉車両は、そうなった途端「余分な機能がついた使いにくいクルマ」になってしまったわけだが、N-BOX+のようなコンセプトなら、部品をいくつか外すだけで完全に元に戻すことができる。トヨタのウェルキャブシリーズもそうだが、ここ最近の福祉車両は普段あまり特別なものだと意識せずに使える方向に向かって進化をしており、それは購入を考えている人にとってはとても重要な問題なのである。

 N-BOX+の場合は完全に通常モデルだが、現在ではウェルキャブのような福祉車両も通常モデルの生産ラインで生産することが可能になってきた。おかげで、事実上のオーダーメイドであった時代と比べ、価格が大幅に安くなった。その意味でも、福祉車両は特別なものではなくなりつつあると言えるだろう。

障害者の運転に残された高いハードル

 実はまだ他にも、福祉車両について考えなくてはいけないことがある。障害者自身が運転するためのクルマとなると、障害の部位と程度によって必要な機能が大きく左右される。基礎的な部分、パワステの操作を軽くできるようにしたり、運転席に移乗のための渡し板が装備されたりというレベルの対応は、メーカーのカタログモデルでもすでにできている。

 ただし操作系のインターフェイスとなると、まだまだ難易度が高い。例えばペダル操作を手でできる補助装置の装着も専門メーカーの部品を取り付けて改造すればできないわけではないが、それはやはりまだオーダーメイドの世界である。そうした装置がついた車両を他の人が運転するには使い方の説明からしなくてはならないし、「一見して普通のクルマ」というには明らかに無理のあるものになる。

 だが光明はある。現在長足の進歩を遂げている運転支援や、実現化に向けてカウントダウンに入りつつある自動運転だ(参考記事)。これらの機能が当たり前になれば、障害を持つドライバーの運転も特別な装置に依存しないですむ可能性がでてくるわけだ。

福祉車両の課題

 これまで書いてきたように、福祉車両の中にもだいぶ普通に使えるクルマが増えてきた。また価格も下がり、好みのクルマを選ぶこともできるようにもなった。かつての状況からすれば、大きく前進していることは間違いない。

 しかしながら前述のように、クルマだけではどうにもならないこともある。それは家屋や乗降のための場所的制約や駐車場の物理的制約だ。住居そのもののバリアフリーについてはすでにだいぶ前から議論されており、ソリューションもたくさんあるが、玄関からクルマまでをトータルで見たバリアフリーをどう構築するのかという問題はまだまだ課題が山積みだ。もちろんそれは出かけた先でも問題になる。福祉車両がもっとメジャーにならないと、これらの問題にソリューションの選択肢が増える状況にはならない。そしてバリアフリーが進まないと福祉車両の利用が快適にならない――いわば「卵が先か鶏が先か」という状況なのである。

トヨタのインフォテインメントシステム「T-Connect/G-Link」では高速道路のSA、PAなどの設備状況が確認できる

 もう一つ、車椅子の問題も大きい。現時点で車椅子にはこれといった統一規格が存在しない。大きさも構造もまちまちだ。車両のなかで固定する時にどこをどう固定するのか、それで安定性がどの程度担保できるのか、さらにシートベルトをどのように装着できるのかという問題は全て車椅子との相性に左右される。

 さらに言えば、ベッドから車椅子へ、車椅子からリフト式シートへといった移乗の問題も残っている。解決しようにも車椅子の構造がいろいろでは手の出しようがないのだ。福祉車両の利用を見据えた車椅子の規格化が待たれる。

 本格的な高齢化社会を迎えるにあたって、自動車にできることはまだまだ多いはずだ。自動車の未来は低燃費とエコだけではない。いつでも誰でも自由に移動できるという、クルマの本質的な存在意義が高齢化社会のクオリティオブライフを支えるような状況を作っていかなければいけないのだ。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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