トヨタの天国と地獄――GMとフォルクスワーゲンを突き放すTNGA戦略とは?池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)

» 2015年04月13日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

プラットフォームとは何か?

 工場に関しては、柔軟性改革のために、2013年以降新規工場の建設を3年間凍結し、これを「意思ある踊り場」と宣言した。それから3年、トヨタは既存工場に再投資を行い、柔軟性の確保を推し進めた。「設備はスリムに短く」「ロットに依存しない」それを生産速度を落とさずに実現していく改革が積み重ねられた。

 この取り組みにより全世界トータルで見た工場の稼働効率は、2009年の70%から2013年は90%まで向上した。しかも柔軟性は生産ロット対応力に限定した話ではない。同一ラインで異なる車種を作れること、モデルチェンジでの設備の入れ替えを減らすことも同時に達成し、モデルチェンジに際する設備投資費用を2008年比で50%に削減したという。つまり車種専用の設備から、自在に何でも作れる設備へと転換したのである。

 これは、工場の改革だけでできることではない。クルマの設計も大きく変わった。ポイントとなるのは、プラットフォームのモジュール改革だ。モジュールの概念を理解するためには、プラットフォームをまず理解しないと難しい。ひとまずトヨタのプラットフォームの歴史を振り返るところから始めてみたい。

 1960年代終わりからトヨタは「バッジエンジニアリング」をスタートさせた。カローラの細部を変えてスプリンターという別の名前のクルマに仕立てる方法だ。この方法は現在でも行われており、1980年代にヒットしたマークIIも同様にクレスタ、チェイサーと名前を変えたモデルが生み出されていたし、現在でもパッソとブーン(ダイハツ)など、バッジエンジニアリングによる兄弟車は存在する。

20型カローラの派生車種としてデビューした、高性能版のカローラ・レビン。このほかスプリンター・トレノも、同じTE27という型番を分け合う兄弟車である

 これらは主にディーラー系列への配慮で生まれた兄弟車で、例えばトヨタカローラ店とトヨタオート店で不公平が出ないよう、また車名を変えることで共食いを起こさないように配慮されたものだ。しかしこのバッジエンジニアリングでは、飾りの一部を除いてクルマとしては全く同じで、違うのは名前だけだ。実際、兄弟車の間は、よく見ないと違いが分からない程度の差しか存在しない。

 1970年代に入ると、さらに一歩進んで「プラットフォームを利用したバリエーション化」が始まった。ファミリーカーであるコロナのシャシーを利用して、スポーツセダンのカリーナを、さらにスペシャリティカーのセリカを作り出す。

 エンジンとシャシーは基本共用しつつ、アウターのボディは誰が見ても同じクルマには見えないスタイルに仕立て、別のジャンルのクルマとして販売する。製品ラインアップを早く安価に充実させていく手法だ。作りたいさまざまな車種をゼロスタートで設計するのではなく、ベース車両ありきで設計することで、開発リソースを抑制できる。

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