寝台特急北斗星に乗り続けた画家、鈴木周作さんの「これから」杉山淳一の時事日想(1/5 ページ)

» 2015年03月13日 07時25分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP


 忙しさで体力はすり減り、ストレスも高まる。こんな状況から抜け出したい。2〜3日だけでもいいから遠くへ行きたい。そんな経験は誰にでもあるだろう。しかし、ほとんどの人は実践しないまま、日常に戻ってしまう。ところが彼は違った。1995年6月。システムエンジニアの若手として活躍中の鈴木周作さん。当時22歳。

 子どものころから鉄道好きだった。北斗星には1988年の運行開始直後に乗り、その後も何度か乗った。しかし、働き始めてからは旅に出る余裕はなかった。通勤の途中、上野駅などで眺めるだけだ。当時、北斗星は3往復あった。そのうちのJR北海道保有車の編成に憧れた。車体に掲げたエンブレム、食堂車の赤いテーブルランプ。あれに乗って、目覚めれば北海道か……。忙しくなってはじめて北斗星の魅力に気づく。

8月に運行を終了する寝台特急「北斗星」

 その日、激務のひとつが区切りを迎え、久しぶりに長い休みを取れた。しかし、休暇の初日はトラブルがあり、結局、仕事に駆り出された。「もう、とこか遠くへ行ってしまいたい」と思った。その日の帰宅の途中で、彼はふらりとみどりの窓口に立ち寄った。

 「今日の北斗星のロイヤルは空いていませんか」

 上野発札幌行きの北斗星は人気の列車だ。とりわけ1列車に4室しかないロイヤルが当日に空いているはずはない。贅沢(ぜいたく)かもしれない。しかし、残業続きで遊ぶ暇がなかったから、お金にはゆとりがあった。だから賭けたのだ。空いていたら旅に出よう。空いていなかったら、いつもの休日のように、家でぼーっとしていよう。ところが……。

 「空いていますよ」

 みどりの窓口には神様がいる、と鈴木さんは思ったそうだ。

 この時から、鈴木さんと北斗星との長い付き合いが始まる。2015年3月までの27年間で、乗車回数は457。2月2日には書籍『北斗星乗車456回の記録』を上梓した。北斗星の廃止が決まって以来、多くのメディアが彼に取材を申し込んでいる。テレビや雑誌で彼を見た人も多いだろう。

 本のタイトルは456回だ。しかし現在の記録は457回。出版後に1回乗車している。その457回目に私が同行した。私は4年前に彼のブログを見つけて、札幌の鈴木さんとメールで取材させていただいた。その時「いつかお目にかかりたい、てきれば北斗星で一緒に旅をしたい」と伝えていた。その願いを鈴木さんは覚えていてくれた。

 2月24日。上野発札幌行きの北斗星。16時間の車中で雑談含みのロングインタビューを敢行した。もっとも、私はそのうち4時間ほど眠っていた。彼は一睡もせず、窓から夜空の「北斗七星」を眺めていたという。

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