印象だけ高性能でも――自動車メーカーの罪深い「演出」池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2015年03月05日 09時30分 公開
[池田直渡,Business Media 誠]
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ステアリングのギヤ比も変なクルマがある

 最後にステアリングの話をしよう。先日、自動車評論家の森慶太氏が新型アルトに試乗してきた。クルマ全体の出来についてはおおむね高評価だったが、ひとつ残念な話があった。

 アルトはステアリングに可変ギア比を用いている。ハンドルを切って行くと前輪の切れ具合が途中で変わるシステムだ。当然切り始めの微舵角域ではスローで、切っていくにつれ漸進的に速くなっていくものでないと理屈が合わない。例えば高速道路を直進しているとき、路面のわずかな傾きや荒れ、うねりなどでクルマは進路を乱す。それを補正するにはほんのわずかだけ修正を入れたい。だからスローな領域ではわずかな修正舵を拡大鏡で見るように操作したいのだ。

 ところがアルトは最初のギヤ比が速く、先に行くほど遅いのだという。これは、ちょっと切っただけでぐんと曲がる演出をしたいのだとしか思えない。前述の森慶太氏も「逆でしょ?」と言っていた。一気に速くロックするまで切りたいケースなど、駐車やUターンの時くらいだ。そこでは緻密な操作は求められていない。速くいっぱいまで切ればそれでいい話だ。当然ギヤ比はアルトと逆でなくては使いにくいではないか。

2014年のフォーミュラE(電気自動車で争われるフォーミュラカーレース)、ルノーのステアリング。フォーミュラの場合、最大舵角はせいぜい90度程度。彼らは絶対に持ちかえないから円形ハンドルでなくても済むのだ。さらにロックtoロック180度のとんでもない速いギヤ比でも、ドライバーがエリート中のエリートだから微細な操作を正確にやってのける。極めて特殊な世界だ。普通の人にとって、むやみに速くしたステアリングは無意味なだけでなくマイナスが多い

浅薄な戦略

 クルマを作るエンジニアたちが、そんなことが分からないとは考えにくい。どこかからくだらない雑音が入っているのではないかと筆者は思う。

 使い勝手を考えて、操作の始めが穏やかで、大きな操作が必要な時速くなるという良い非線形ならばベストだし、そうでなくても、ただリニア(線形)にしてくれれば、それでいい。しかし、最初のインパクトだけを狙うやり方は余計な演出でしかない。それがメーカーの戦略だというなら、あまりにも浅薄過ぎるのと思うのだが、いかがだろうか?

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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