新型マツダ・デミオが売れた3つの理由池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2015年01月30日 10時00分 公開
[池田直渡,Business Media 誠]

理由1:Bセグメントマーケットでの内外装デザインの差別化

 まずは内外装のデザインだ。現在Bセグメントのクルマは大きく2つの方向性に分かれつつある。一つはヴィッツ、フィット、デミオのグループ。もう一つはマーチ、ミラージュのグループである。

 世界の自動車メーカーが今後台数の拡大を見込んでいるのはAセグメントとBセグメントで、これらは言わばシェア争いの決戦兵器とも言える存在だ。例えばフォルクスワーゲンが「up!」の開発に力を入れたのは、「打倒トヨタ」を実現するために、Aセグメントのタマがないと勝負にならないからだ。

 トヨタは2000年代後半から、主に東欧圏をターゲットとしたAセグメントモデル「アイゴ」で売り上げを伸ばしており、フォルクスワーゲンはその対抗馬がどうしても必要だった。Aセグメントは通常新興国マーケット向けであり、ニーズがはっきりしている。低コストで実用的なことが重要なのだ。

 しかし、Bセグメントは勝負のかけ方がふたつある。先進国と新興国では求められるクルマが違うためだ。新興国マーケット向けBセグメントは、Aセグメントの延長線上にありながらAセグメント以上を求めるユーザーに向けた商品。ユーザーの可処分所得からみてもBセグメントは“背伸びして買う”クルマになっている。そうしたマーケットでは、凝ったデザインや贅沢な質感より絶対的な安さが求められ、同じ値段ならより大きいことや、大勢乗れることへの要求が高い。

 これらのニーズは当然デザインに影響を与える。マーチとミラージュは生産工場を国内から新興国に移し、ローコスト化を徹底した。新興国の素材や生産技術でも対応できるよう、デザインに制約をかけて難しいプレスラインを禁じ、質実剛健で実用性が高く、価格が安いという着地点を目指したのである。

 一方、先進国にはすでに上質なクルマに慣れたユーザーがおり、こうした顧客はセカンドカー需要やそれに類する購入動機でBセグメントを選ぶ。求められているのは「物理的に小さいクルマ」「経済的なクルマ」であって、絶対的な安さが必要なわけではない。

 大勢で移動するときはもっと大きなクルマを使えばいい。そういう余裕がある先進国ユーザーにとって、Bセグメントの使用用途は1人または2人乗りが前提になる。小さなクルマにすし詰めに人が乗るようなニーズは先進国マーケットではあまりないのだ。

 パッケージでは前席が優遇され、例え生産技術的に手間暇がかかってもデザインの洗練は高いレベルで求められる。場合によっては後席の頭上空間を犠牲にしてもクーペ風味の流麗なスタイルに仕上げられることもある。こうした先進国マーケットに向けて開発されているのが、ヴィッツ、フィット、デミオの3台だ。

 日本国内マーケットでの競争力で考えると、どうしてもマーチとミラージュはつらい(ターゲット市場を違えた戦略に基づくものだからメーカーの狙い通りなのだが)。そこに登場した新型デミオは、マーチとミラージュのマーケットをごっそりさらった感がある。それを可能にしたのは、デミオが先進国向け商品であることをきっちりアピールしてみせたからだ。その意味で内外装のデザインの力は大きかったのである。

理由2:キャラの立ったパワートレイン――ディーゼルという新しい選択肢

 冒頭で述べた通り、最近の売れ筋はもっぱらハイブリッド車である。燃費性能がいくら優れていても、ただのガソリンエンジンではなかなか売れない。しかし、マーケットはいつも天邪鬼(あまのじゃく)なので「みんながハイブリッドを選ぶならそれ以外で」という層は必ず一定数いるものだ。エッジの効いた違う選択肢として、ディーゼルは明らかに“キャラが立っている”。

「SKYACTIV_D」。ハイブリッドと並ぶスターユニットとして存在感を放つ、新世代ディーゼルエンジンだ(出典:マツダ)

 マツダがデミオのために新開発した1.5リッターのディーゼルエンジン、「SKYACTIV-D 1.5」はそうした顧客の新たな選択肢として注目を集めた。実際、SKYACTIV-Dは大変ユニークな設計を採っており、あまのじゃくな人たちのよりどころ役を果たすだけの個性が十分にある。

 ガソリンエンジンの場合、着火は点火プラグで行うが、旧来型のエンジンではあらかじめ燃料と空気を混ぜる方式のため、エネルギー効率を追求して圧縮比を上げようとすると、圧縮作用による気体の温度上昇によって予期せぬタイミングで勝手に爆発が起こり、エンジンが壊れてしまう。だから理論的には圧縮比を上げた方が良いと分かっていても実現できないのだ。

 これに対し、ディーゼルエンジンは燃焼室で空気だけを圧縮し、圧縮によって空気の温度が十分に上がったところに燃料を噴射、気体の熱で燃料に自己着火燃焼させる仕組みだ。燃料を噴射する前はただの空気なので、原理的に勝手な燃焼が起きる心配がない。そのリスクがないため、ガソリンエンジンでは不可能なほど高い圧縮比で設計することができ、エネルギーを動力に変換する効率が高いのが特徴だ。

 マツダはそのディーゼルエンジンの圧縮比を下げるという、前代未聞の方式にトライした。本来の狙いは燃焼条件の厳しいシチュエーションで有害ガスの発生を防止し、これまでのディーゼルエンジンに不可欠だった高価な排気ガス後処理装置を使わずにコストダウンを図ることだった。圧縮比低下による出力ダウンには燃焼条件が良い時にターボを使って空気をガンガン押しこむことで対応する。

 ところが、やってみると予想以上に面白い副産物が出てきた。圧縮比を下げて燃焼圧力ピークが下がったため、従来鋳鉄で作らなければならなかったシリンダーブロックをアルミに置換することに成功し、各部の部品の必要強度も下がったため数多くの部品の軽量化に成功したのである。

 本来、Bセグメントの様な小さいクルマに重量級のディーゼルエンジンを積むのはあまり望ましくない。コスト面から考えれば、ディーゼルエンジン専用に車体やサスペンションを新規設計できるわけがないから、当然ガソリン車も共通の仕様にせざるをえない。そうなると比較的軽いガソリンエンジンを搭載するモデルまでが重量級エンジン搭載のための過剰な強度的余裕を持たなくてはならない。それでは小型車ならではの軽量というメリットを失い、ガソリンエンジンのライバル各車との競争上、燃費でも動力性能でも不利になる。

 そういった理由で、これまでのディーゼルエンジンはこのクラスのクルマとあまり相性がよくなかった。SKYACTIV-Dは同クラスのガソリンエンジンよりは重いが、従来のディーゼルよりだいぶ軽量だ。SKYACTIV-Dがあったからこそ、デミオはガソリンとディーゼルという両面展開が無理なく可能になったのである。

 マツダにしてみれば、こうした極めて真剣かつ技術的な理由があったSKYACTIV-Dだが、マーケットはこれを「ハイブリッドに対抗する新しいスターの登場」と受け取った。ハイブリッドのキャラに負けないエンジンを持つクルマ。マスコミはこぞってそう伝え、それがデミオの新たなブランド構築につながったのだ。発売当初にマツダが発表したデータによれば、新型デミオ購入者の実に6割はディーゼルを選んでいる。1.3ガソリンモデルは最廉価グレードで135万円、対してディーゼルは2つあるグレードの安い方で178万円。ユーザーは40万円以上の価値をそこに見出したということになる。

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