人工知能の得意・不得意が見えてきた今どきの人工知能(1/2 ページ)

» 2014年11月07日 07時00分 公開
[松尾豊, 塩野誠 ,Business Media 誠]

集中連載「今どきの人工知能」について

本連載は松尾豊、塩野誠著、書籍『東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」』(中経出版)から一部抜粋、編集しています。

人工知能の急激な進歩により、社会は今後数年で劇的に変化していきます。政治、経済、教育、医療、労働――など、学習能力を身に付けた機械が人間の能力を越えたときに起こる未来とは? そこには、「常識」が反転するロボット社会への展望があります。

東京大学スーパー准教授にして、人工知能学の権威である松尾豊氏が、ビジネス戦略家の塩野誠氏からの率直な疑問に、対談形式で答えながら未来の可能性を語ります。

すぐそこまでせまってきた人工知能社会に、知的興奮が止まらない!


著者プロフィール:

松尾豊(まつお・ゆたか)

東京大学大学院工学系研究科総合研究機構、知の構造化センター、技術経営戦略学専攻准教授。1997年、東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年、同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より、産業技術総合研究所研究員。2005年10月より、スタンフォード大学客員研究員。2007年10月より現職。2002年、人工知能学会論文賞、2007年、情報処理学会長尾真記念特別賞受賞。人工知能学会編集委員長、第1回Web学会シンポジウム代表を歴任。

塩野誠(しおの・まこと)

株式会社経営共創基盤(IGPI)パートナー・マネージングディレクター。IGPIシンガポールCEO。慶應義塾大学法学部卒、ワシントン大学ロースクール法学修士。ゴールドマン・サックス証券、ベイン&カンパニー、起業、ライブドアなどを経て現職。主に通信、メディア、テクノロジー、エンターテインメント領域の企業や政府に対し戦略のアドバイスを行い、政府系実証事業採択審査委員も務める。


データに基づいてルールを作っていくのが今風のやり方

塩野: 人工知能が問題を解く手順は、本質的には共通しているということですね。ところで、大規模データ解析という部分では、人間はコンピュータに負ける気がします。逆に言うと、人工知能はデータがなければタダの箱ですか。

松尾: それは言えます。いままではデータがなかったので、ルール――例えば「敵の駒が近づいてきたら、逃げなさい」といった形のルールをたくさん書いていました。「エキスパートシステム(※1)」や「プロダクションシステム(※2)」と呼ばれるもので、これでもかなりのことはできますが、十分なデータがないところで作っていたため、いろいろ問題も起きてきました。

 例えば、ルールの数が1000とか1万を超えると、作っている方も全体が把握できなくなってしまいます。

(※1)エキスパートシステム=人間の専門家(エキスパート)の思考形態をコンピュータで模倣したシステム。判断を行う「推論エンジン」と、ルールを記述した「ルールベース」で構成する。
(※2)プロダクションシステム=「if 〜 then 〜(もし〜なら〜を実行)」の形式で記述した「プロダクションルール」を使って、問題解決を行うシステム。

塩野: それだけの数になると、「漏れなく、ダブりなく」はまず無理ですね。

松尾: できませんし、あるルールを入れると変な副作用が起きて、それまできちんと動いていたルールが動かなくなることもあります。

塩野: ルール間で干渉しますよね。

松尾: そうです。そこでいろいろなルールをより賢く作る方法や、そもそも知識をどう書き表せばいいかを調べる研究もおこってきました。しかし現在はデータが非常に増えてきていますから、データに基づいてルールを作っていくのが賢い方法、いま風のやり方なのだと思います。

塩野: なるほど。ルールと言えば、まさに法律の条文を作るようなものですね。その法律、政令、省令が互いに干渉し合わないように設計しなければなりません。

松尾: 法律は大事なものですから、関係する省庁できちんと見ていますし、引き継ぎもしっかり行いますから、分からなくなるようなことはあまりない。

 しかし、工場の生産プロセスのプロダクションシステムは、作った人がいなくなると、残されたのはルールだけという事態にもなります。このルールがなぜ必要なのかよく分からない。知識を維持管理していくことの難しさですね。

塩野: 法律では、内閣法制局が互いの法律が干渉しないように目を光らせていますので、法律同士の齟齬(そご)はでないようになっていますね。別の話ですが、法律も技術の進化によって、いままで考えてもみなかった想定外のことが起きて、その規制を作ることが難しくなってきています。

 日本の場合、法律は成文法ですが、英国や米国ですと、まずコトが起きてから判断し、その判断が法律になるという、いわゆる不文法です。新しい事象に対応していくには、どちらの方法が向いているのか少し関心があります。

松尾: 日本は法律が明文化されているとはいえ、運用上の判断の幅は大きいですね。ほとんど明文化されていると言いながら、実際は人的な判断で決めているというタチの悪さのようなものを感じます。

塩野: 日本の社会システムは、明文化されている部分に加えて裁量の幅がありますよね。裁量の幅はわりと人に依存しているので、そこは人治主義的になっています。この部分は政治的意図によってもいろいろ動かせますし、そのときの規制者にもよるでしょう。この点、人工知能の場合は、すべてプログラムを記述してやらないと動かないですからね。

松尾: そうです。ルールの記述は必須です。

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