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» 2014年09月16日 08時15分 UPDATE

窪田順生の時事日想:それでも私たちは『朝日新聞』を許さなくてはいけない (2/3)

[窪田順生,Business Media 誠]

「非寛容」はけしからん

 ベトナム戦争に派遣された韓国軍が現地で大量虐殺をしたということを週刊誌『ハンギョレ21』が報じた。「こんなバカなことを報じるヤツがいるからダメなんだ」と、ベトナム戦の戦友会を中心に2400人が暴徒と化し、「ハンギョレ」本社に乗り込んで、窓ガラスを割り、PCや事務機器やたたき壊した。さらに驚くのは、この騒動を他マスコミが見て見ぬふりをしたということだ。

 こういう「非寛容」はけしからんと訴えてきたのが『朝日新聞』である。 中国や韓国の多様すぎる言論にもすべて耳を傾けて、日本人はもっと寛容であるべきだと説いてきた。その代表が、「従軍慰安婦」問題だ。「強制連行があったとかなかったとか細かい話はいいんだよ、大切なのは日本軍が集団レイプをしたという事実だろ」と日本人の不寛容さを厳しく批判してきた。

 そんな「ミスター寛容」ともいうべき『朝日新聞』だが、自分たちへの批判となると話は別だったようで、驚くほど「非寛容」な対応をした。

 いわゆる「吉田調書」で誤報をしても尻に火がつくまで認めない。さらに「慰安婦の強制連行」にまつわる誤報を取り上げた池上彰さんの記事もこっそりと闇に葬り去ろうとした(関連記事)。当然、バッシングが始まる。こんな新聞潰してしまえとデモまで予定され、安倍政権では国会招致すべきだなんて批判も出始めた。

 が、ここまでくるとちょっとマズい気がしている。『朝日新聞』が気の毒だとか庇(かば)っているわけではない。ここまで非寛容な対応というのは逆に『朝日』に力を与え、彼らの「不寛容」にさらに拍車がかかってしまう恐れがあるからだ。

  そのあたりは当の『朝日』もよく分かっている。池上さんの言論を封殺した9月2日の紙面の「天声人語」。そこで「寛容と不寛容の難問」というテーマで、まるできたるべき“朝日バッシング”を予言しているかのような一文が掲載されている。

 ここに一つの難問が生まれる。不寛容に対しても、人は寛容であるべきなのか▼そうだと明言したのは、仏文学者の渡辺一夫だ。当欄で先日触れた『敗戦日記』の著者は、戦後の随筆にこう書いた。不寛容な姿勢で他者に臨むのは「むしろ相手の不寛容を更にけわしくするだけである」

 要するに、バッシングされればされるほど、「反朝日の弾圧に負けずにジャーナリズムを守ろう」なんて勘違いしてさらに態度が硬化していく恐れがあるのだ。

yd_kubota1.jpg 誤報などで“朝日バッシング”が過熱しているが……

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