仮にこの仮説が正しいとして、両者の違いはどこから生まれてくるのだろう。生まれつきのものなのか、あるいは成長過程で身につけたものなのか――。筆者は、より後天的に身につけられた違いなのではないかと考えている。
なぜなら、男であろうと女であろうと、誰しも子どもの頃は、心底からお化けを怖がり、お姫さまやヒーローに憧れ、お菓子でできた家やどこでもドアがあれば……と思った経験はあるように見受けられるからだ。ところが、いつからか女性だけが「あれはファンタジーの世界のお話」と割り切るようになる。
では、この割り切りが生じるポイントがどこにあったのか。筆者が真っ先に思い出したのは、ある女性がポツンと口にしたこんな一言だ。
「小さい頃は、男の子との違いを意識していなかった気がする。ところが、あるときから親や周りから『女らしくしなさい』と言われるようになり、それが、違いを認識し始めたきっかけになった気がする」
「女らしくしなさい」という言葉から導かれるのは、社会学で言うところの「社会化」であると思う。Wikipediaでは“子供や、その社会の新規参入者が、その社会の文化、特に価値と規範を身に付ける”と説明されているが、つまり「世界は自分を中心に回っている」「自分はその世界の主人公である」と極めて主観的な世界の捉え方で生きてきた子どもが、「女らしく」と、自身の客観的な見え方や振る舞い方を規定されることにより、「自分」と「取り巻く世界」を分けて考え、他者との関係性や自身の社会的役割を意識的に設計していくようになる。
これを、女性はごく小さな頃から求められることにより、常に客観的で冷静に向き合うべき「現実の世界」と、自身を主人公にして夢を見続ける「ファンタジーの世界」を明確に分化して生きていくようになる。その差異が、「かめはめ派なんて現実に撃てるわけないじゃん」につながっていく。いかがだろうか?
もう1つ筆者が思うのが、よく言われるこの表現だ。
「男性は、いつまでも子ども」
「少年の心を失わない」
男性は、いつまでも子どもの頃の認識を失わずに済み、女性は、どこかで子どもの頃の認識を手放す必要に迫られてきた。そう考えると、これもよく聞く「男の子はゲーム機を欲しがる。大人になったら、もっと高級なゲーム機を欲しがる」といった類の話も腑に落ちる。
筆者が思うに、ある種の認識を持っている集団がその認識を変えずに済むためには、
ということになる。
今回の件で言えば、男性は2. の「外的な世界を構築する」ことを許されながら育ち、女性は3. の「自分の認識を変える」ことで育ち、そのかたわら、1. の内的な世界にのみ自身のファンタジーを避難させ育んでいく。結果、この世が「男性のファンタジーは実現すると信じても許される世界」であり、「女性のファンタジーは実現しない世界」(ただし、自身の中に構築したファンタジーの世界の中だけでは実現は許される)となっているとしたら、大人が何の気なしに子どもに投げかけ続けている「女らしくしなさい」という言葉は何と重いものであることかと思えてくる。
そこで、最初の命題「男はロマンチストか?」だが、それをこの文脈で読み解くなら「男性は、ロマンチックな幻想が、現実に実現すると信じても許される世界を構築した」のであり、その世界では「女性は、ロマンチックな幻想が、現実に実現すると信じることは許されない。そのために考えを変えた」となるのではないか。
とここまで考えてきて、編集K女史にぶつけてみたところ、こんな言葉が返ってきた。
「溜田さん、すごい。今回、すごいいいです。女性のナイーブなところに優しいです。愛を感じます。で、ちなみにリポートの採点はもう終わったんですか?」
……リ、リアリスト。
東京大学工学部応用物理学科卒業後、日本アイ・ビー・エムに入社。銀行オンラインシステム担当のシステムズエンジニア&営業マネージャを経験。その後、外資系SIベンダー、マイクロソフトにおけるソリューションビジネスの経験を経て、戦略系コンサルティングファームA.T.カーニーに入社。メーカーの事業戦略・SIベンダーの営業戦略・組織改革、金融機関のIT戦略等、IT知識を持つ戦略コンサルティングプロジェクトに従事した経験を持つ。グロービスにおいては、マーケティングならびに思考系の講師を担当している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PRアクセスランキング