JR東日本も上信電鉄も、こうした状況を理解している。ビジネスチャンスである。しかし、残念ながらこのままでは鉄道利用者は伸び悩み、富岡製糸場の周辺はクルマであふれ、周辺住民の生活道路は通行しづらくなる。なぜか。世界遺産は富岡製糸場だけではなく「絹産業遺産群」を含むからだ。
世界遺産は状態の保存を促すだけではない。言うまでもなく観光産業の切り札である。世界遺産めぐりを趣味とする人々は世界中にいる。彼らはどんな行動を取るだろうか。「リストアップされた場所はすべて回っておきたい」と考える。
では、「絹産業遺産群」となった場所はどうか。「田島弥平旧宅」は東部伊勢崎線境町駅からシャトルバスで25分。ただし運行は土日祝日のみ。「高山社跡」は八高線群馬藤岡駅または高崎線新町駅からバスで35分。「荒船風穴」は上信電鉄下仁田駅からバスに乗り、途中で乗り換えて無料送迎車で15分。それぞれの場所だけ行くなら不便ではなさそうだ。しかし、周遊するとなれば、やっぱりクルマで最短距離を移動したほうが便利だ。
JR東日本は先に挙げたプレスリリースの中で「ぐんまワンデー世界遺産パス」の販売を告知している。2014年7月1日から12月31日まで、群馬県内のJR線と東武鉄道線、上信電鉄線全線、上毛電気鉄道線全線、群馬県内のわたらせ渓谷鐵道の普通列車の普通車自由席が乗り放題となる。価格は大人2100円(子ども1050円)。このきっぷは使い勝手がよさそうに見えるが、実はバスをサポートしていない。このきっぷだけで行けるところは、遺産リストの中では富岡製糸場だけだ。
そもそもぐんまワンデー世界遺産パスとは、以前に発売されていた「ぐんまワンデーパスSP」の名前を変えただけのきっぷである。世界遺産とは関係ない地域の区間も含まれている。世界遺産の文字を入れるなら、対象区間を絞り、バス路線やレンタカー割り引きなどを付帯させるべきではないか。
そして遺産リストに乗った地区を抱えた自治体は、連携して公共交通機関利用者の便宜をはかってほしい。先に挙げたように、上州富岡駅と富岡製糸場駅間のシャトルバスは必要だ。下仁田駅と荒船風穴もノンストップで行きたい。土休日限定のバスは、本数を半減してもいいから平日に運行していただきたい。
東西方向に散らばる拠点を周遊する手段も必要だろう。上州富岡駅または高崎駅を拠点とし、各地区を結ぶか、それぞれに直行するバス便、あるいは乗り合いタクシーを運行したらいいと思う。周遊モデルコースの提案もほしいところだ。
公共交通の点でもっともマシな場所は富岡製糸場だけだ。このままでは、世界遺産を訪れた観光客は、富岡製糸場の訪問だけで帰ってしまう。あるいは各地ともマイカーであふれかえる。これでは他にも魅力的な場所がたくさんありながら生かせない。実にもったいない状況である。
私などが言うまでもなく、これらの施策は検討されているだろうけれど、急いでほしい。
杉山氏は専門家ゲスト(鉄道ライター)としてスタジオ出演します。
「ひな壇番組って出演者が楽しそうだと思ってましたけど、出演してみたらその通り楽しかったです」(杉山氏)
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