パスファインダーズ社長。25年にわたる戦略・業務・ITコンサルティングの経験と実績を基に「空回りしない」業務改革/IT改革を支援。アビームコンサルティング、日本ユニシス、アーサー・D・リトル、松下電送出身。一橋大学経済学部卒。日本工業大学 専門職大学院(MOTコース)客員教授(2008年〜)。今季講座:「ビジネスモデル開発とリエンジニアリング」。
政府与党が“農協改革”において、規制改革会議が打ち出していた「全中の廃止」案を撤回する方針を固めた。
全中(全国農業協同組合中央会)とは、日本のJAグループの独立的な総合指導機関だ。この廃止は、政府が掲げた成長戦略の柱として打ち出す「農協・農業改革」の目玉だった。しかし、公明党の了承を得た自民党案では、廃止が見送られたうえ、各地の農協に対する全中の指導・監査権限についても、具体的な変更は盛り込まれなかった、と報道されている。
規制改革会議が、全中の廃止という大胆なテーマを含む改革案を5月に打ち出したとき、世間の反応は概ね2つに分かれた。「こんな思い切った案を掲げるからには、政府は農協改革に本気だし、政高党低の力関係から可能だと考えているのだろう」という“可能派”と、「JAグループが猛反発するのは目に見えているから、自民党政権にはどうせできやしない」という“不可能派”だ。
仮に全中が廃止されると、どんなメリットがあるのか。まず政治的な観点では、大きな圧力団体であるJAグループの政治的司令塔がなくなるため、政府が目論む農業改革がスムーズに進むと期待できる。特に米などの価格引き下げを進めるには「廃止が必須」と言う人もいたほどだ。
経済面では、JAグループのトップ団体が縮小することで、個別農協からの“上納金”(賦課金)が減り、JAが供給する肥料や農薬などが安くなると期待される。日本農業における最大の欠点である、高コスト体質の改善に貢献すると考えられたのだ。
しかし、予想されたことだが、この案は全中の猛反発を受けて撤回となった。「選挙に影響が出る」と慌てた自民党の農林族の巻き返しがあったという。全中廃止がなくなった今、農協改革全体が骨抜きになるのでは、と心配する向きもある。全中の指導権限を縮小するのか、賦課金制度を透明化して抑制できるのかが、今後の焦点になるだろう。
私はこうした一連の政治的攻防について、少し違った考えを持っている。全中の反発に負けたと思われている政府側だが、実は反発の矛先を組織改革だけに向けさせ、他の改革案を通すことにまんまと成功したのではないか、というものだ。
実際に、規制改革会議が挙げた改革案のうち「農業生産法人への企業の出資制限を25%以下から50%未満に拡大する」という案を自民党は了承した。これはかなり重要なポイントで、民間企業が農業分野に進出することを後押しし、将来的に50%超へと緩和するためのステップともなる。
さらに「農業委員会委員の選挙制をやめ、市町村長の選任制に変える」という案についても、市町村議会の同意を条件に通している。これにより農協の影響を排除でき、首長さえ改革に前向きであれば、農地集約などを進めやすくなるのだ。
つまり政府側は、JAグループが最も反発する組織改革というテーマに関心を集中させ、それ以外のテーマで「実」を取ったのではないか。もしかすると、全中廃止案を引っ込める代わりに、TPP交渉における思い切った米国対策の譲歩を認めさせたのかもしれない。
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