ここまで読んで、ベテラン(=こういう表現が適切かどうかは議論の余地がありますが)ビジネスパーソンの中からは「いや、周囲にもっとキチンと聞くべきだろう。本で勉強したり、社外の人と会ってやり取りしたりして、頭でっかちになっているタイプ。よくいるよね、使えないヤツ」という声が聞こえてきそうです。が、本当にそこが問題だったのでしょうか。
ここで問題だったのは、中間管理職には、何度も指導をするチャンスがあったにもかかわらず、それをしなかったことでしょう。生返事で「いいと思うから進めて、適当に」という言葉が、結果として「使えない若手」を産んでしまうという、なんだかモヤッとする話です。
さらに、こういう例はどうでしょう。売り上げをアップすることを至上命題とされる部署。3年目の若手にも大きな数字が与えられます。いろいろと手を尽くすのですが、なかなか成績が思うように伸びません。上司である中間管理職から呼びだされて、状況を聞かれた上で、叱咤されます。
上司: 「どうして売り上げが伸びないのだ」
若手: 「頑張っているのですが、なかなか思うように数字が上がらなくて」
上司: 「もっとしっかりと考えて営業しないからだろう!」
若手: 「いろいろと考えているのですが……。どうしたらいいでしょう?」
上司: 「それを考えるのが、お前の仕事だろう。ちゃんとやれ!」
似たような光景を目にしたことがない、という人はいないかもしれません(もしいたら、それは恵まれたビジネスの現場にいる幸運を喜ぶべきです)。これにしても、上司が上司の仕事をまったくしていない。
先に挙げた製品開発の例も、一定の年齢よりも上の上司世代からは「自分の頭で少しでも考えたら、確認はしっかり取ることが重要だと分かりそうなものだけど」という、身もフタもない反応が返ってきそうです。自分なりに考えて努力しているけれども、営業成績が上がらないことを悩んでいる若手にも「それを考えるのがお前の仕事だ」と、投げ捨ててしまうことも上司としてアリだと勘違いしているケースは少なくない。
そして、自分で考えろというフレーズは「育成」という言葉にひもづいてきます。自分もそういう感じで育てられた。これは育成の一環なのだと。これはとても怖い。単純に仕事のやり方がまずいだけなのにもかかわらず、自分で考えろという伝家の宝刀が、育成という言葉と結びつくだけで、良いことをしている状態になってしまうのです。これでは、優秀で使えるはずだったイマドキの若手も腐ってしまう、使えないヤツになること、請け合いです。
冒頭の部長たちは「自分で考えろというスタイルの指導は、もう古いのでしょうか」という話の流れになりました。当然、問題はそこではないことを、皆さんはお気づきですよね?
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