長崎新幹線「フリーゲージトレイン」に期待する真の理由杉山淳一の時事日想(4/4 ページ)

» 2014年04月25日 08時00分 公開
[杉山淳一Business Media 誠]
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新幹線、リニアに次ぐ「海外展開」の可能性

 フリーゲージトレインは日本の特殊事情の産物だ。しかし、その可能性は日本だけに留まらない。この技術は海外に輸出できる。日本は海外の高速鉄道計画について新幹線を売り込み、アメリカ東海岸へはリニア新幹線の導入を働きかけている。フリーゲージトレインも世界標準化を狙える技術だ。その本命はユーラシア大陸の貨物輸送にある。

 現在、中国とロシアは列車を直通させている。中国の鉄道は世界標準軌間だ。しかしロシアはさらに広い軌間を採用している。この2国間を直通させるためにどうしているかというと、国境の駅で車体を持ち上げて、台車を交換している。その作業は短い編成の客車列車で1時間程度、長編成の貨物列車は1日がかりだという。そんな手間をかけてでも列車を直通させる理由は、大陸間同士の大量輸送として船では遠回りだから。ロシアは海が凍って港が使えない時期があるから、なおさら鉄道が重要となる。

 さらに、ヨーロッパと中国を結ぶ貨物列車がある。中国の重慶とドイツのデュイスブルクを結び、途中でカザフスタン、ロシア、ポーランドを経由する世界最長距離の列車だ。積荷は自動車部品とコンピュータだ。重慶には米ヒューレット・パッカード(HP)の工場があり、台湾の電子部品メーカーも進出している。重慶からデュイスブルクへはノートPCや電子部品が輸送されている。デュイスブルクから重慶へは自動車が運ばれている。荷主はフォード、スズキなど。また、デュイスブルクと瀋陽にも貨物便がある。ドイツからBMWの瀋陽工場に向けてエンジンなどの部品が送られる。逆向きにはミシュラン瀋陽工場製のタイヤがヨーロッパ向けに搭載される。

 重慶、瀋陽とも、海から遠く離れている。当初、海外から進出した企業は中国国内の需要を見込んだと思われる。しかし、ヨーロッパへの国際貨物列車の運行によって、重慶・瀋陽とも世界の工場になりつつある。海運輸送は約1〜2か月かかるが、鉄道なら約2週間に短縮される。運賃は船に比べると8割も高い。しかし航空輸送の半分以下だ。

 これらの貨物列車は国境のたびに台車を交換するか、別の貨車に荷物を積み替えている。この貨車をフリーゲージトレイン化すれば、さらに輸送日数を短縮できる。長距離列車だけではなく、軌間の異なる2国間を結ぶ列車はほかにもあるし、2国間直通列車の潜在的な需要もあるだろう。軌間の異なる国を走る直通旅客列車を電車化すれば、国境を越える高速鉄道が実現する。貨物列車をフリーゲージトレインにすれば所要時間を1日短縮できる。当事者国の鉄道会社もフリーゲージトレインの実用性は理解しており、いくつかの路線では実用化され、新技術の開発も行われているようだ。

 フリーゲージトレインの技術は、新幹線やリニアに続く、日本の鉄道技術の大きな輸出案件になり得る。そう考えると、いち早く海外展開するためにも実用化を急ぎたい。そこで長崎新幹線のフリーゲージトレインは重要な意味を持つ。佐賀県がフル規格新幹線を否定してくれたおかげで、長崎新幹線は、地元の人々の効用よりも、国際鉄道技術市場をにらんだフリーゲージ実用サンプルとしてのメリットのほうが大きくなった。遠い将来、日本の鉄道業界が佐賀県に感謝する日が来るかもしれない。


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