そういう“ゴースト文化”のなかで生きてきた人間からすると、新垣隆さんを「ゴーストライター」と呼ぶことにかなり抵抗がある。彼がやっていたのは「代筆」ではなく、単なる「楽譜の販売」だからだ。
ゴーストライターは、「作者になりきって書く」ということが求められる。このタレントならばこういうことを言いそうだとか、この政治家ならばこういう政策を提言するはずだとか。「作品」には作者のキャラを反映するのがゴーストの腕の見せどころだ。だが、新垣さんは違う。会見でこのように言ったのだ。
「彼とは基本的に、彼の依頼で、私が譜面を作り、渡すというやり取りだけの関係を保っていました」
佐村河内守という「客」の注文を受け、譜面という商品を納品していた新垣さんは「佐村河内になりきろう」とか「被爆二世イメージを押し出そう」などと考えたことはおそらく一度もないだろう。
これは作曲家・伊東乾さんが指摘するように、多くの音楽関係者たちが手を染める「チャートに従って楽曲を合成するという買い取りの譜面書き」(伊東氏のブログより)のバイトに過ぎないからだ。
これを出版業界に置き換えれば、せいぜい「テープおこし」や「データマン」(取材した情報を文字に打ち出し、作家へ渡すスタッフライター)である。こんなものが「ゴーストライター」でないことは、18年間で700万円という驚くほど低い報酬を見れば明らかだ。
この両者の関係は、「OEM」(他社ブランドの製品を製造すること)に例えると分かりやすい。技術力は高いが、独自の販路をもたない新垣さんの製品を買い取り、あたかも自社製品のように市場に流したのが佐村河内である。OEM先のインチキがエスカレートしていくのを指をくわえて見ていたのも、新垣さんが単なる「委託製造元」に過ぎないからだ。
だが、そんなシンプルな話をわざと複雑にしようという人が多い。例えば、某ジャーナリストは2人の関係性を考えたら、オウム真理教を思い出したなんて言い出して、両者の「心の闇」を示唆する。思うのは自由だが、どうしても事件に重ねたいというのなら、むしろ「ミートホープ事件」のほうがピンとこないか。
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