英語番組や英会話スクール、ネットを通じた英会話学習など、現代日本には英語を学ぶ手段が数多く存在しています。しかし、単語や文法などは覚えられても、その背景にある文化的側面については、なかなか理解しにくいもの。この連載では、米国で11年間、英語出版に携わり、NYタイムズベストセラーも何冊か生み出し、現在は外資系コンサルティング会社で日本企業のグローバル化を推進する筆者が、ビジネスシーンに関わる英語のニュアンスについて解説していきます。
日本中の野球ファンが気をもんでいた田中将大投手の移籍先が決まりました。ニューヨーク・ヤンキースです。当然、マー君もニューヨーク流の英語につき合うことになりますが、彼が苦労するだろうと心配しているわけではありません。むしろ、早口のボストン英語や訛りのある南部英語に比べるとクセがないので、聞き取りやすく話しやすいはずです。
あまり可能性は高くないでしょうが、彼がこの連載を読んで、日本人独特の文化、発想法を頭の中で整理し、早くメジャーリーグと米国流の生活に慣れてくれればありがたいですね(笑)。
この連載では、米国のビジネススクールあたりで流行している“新しい”英語を紹介して、「知らないとビジネストレンドについていけませんよ」と、脅すようなことは書きません。そうではなくて、ほかのたいていのことでは優秀で知られる日本人が、なぜここまで英語を苦手にしているのか、それを克服するためにはどうすればいいかという視点から、少しでも役に立つだろうと思うことを書きたいと心掛けてきました。
なぜならば、苦手な英語を克服するカギの1つは、日本語と英語の違いをはっきり認識することから始まると思っているからです。この2つの言葉は、実に多くの点で違います。例えば、これまであまり指摘されてこなかったのが、相手との関係性によって言い回しが大きく変化する日本語と、そうではない英語の違いです。日本語では敬語表現が非常に大きな要素を占めますが、英語はそうではありません。
「ものは言いよう」と昔から言われるように、同じ内容でもさまざまな文末表現で相手との関係を反映させようとします。1つの文章の中で敬語の微妙なあやを表現する必要があると同時に、会話の全体の流れもそのように構成していく必要があります。
「御社のこの商品はぜひ当社の販売ラインのメインにさせていただきたいと思います」という発言の後で、「何といってもこの質でこの価格は、お客さまにとって魅力です」と言うのではなく「魅力だからね」と結んだら、取引先の顔は少しひきつるでしょう。もっと短く「魅力だ」としたら、その場の空気は緊張し、「商談はなしにしましょう」と言われかねません。
日本語でスムーズに物事を運ぶには、敬語表現の首尾一貫性に大きな配慮をする必要があります。声の調子や使う単語の選択にも、相手との関係を正しく反映させなければなりません。こうしたものの言い方全般を「モダリティ(Modality)」といいます。
人が何かを言うときに、まず頭に浮かぶのはその内容です。
お腹がすいた。何か食べたい
間もなく北陸新幹線が開通する
田中将大投手は、ヤンキースで成功できるだろうか?
来年の流行色は?
人はさまざまなことを話します。言うべき内容を頭に思い浮かべると同時に、それをどう言うかも瞬時に考えています。相手によって、あるいは相手に一定の印象を与えるために、微妙に表現を変えるのです。モダリティの意識です。
腹減った〜、何か食いたい
間もなく北陸新幹線が開通いたします
田中将大投手は、ヤンキースで成功できますでしょうか?
来年の流行色は何だろうね?
これ以外にも、実に多様な言い方がそれぞれ可能です。日本語の場合、特に敬語表現が複雑で千変万化します。「何を言うのか」という万国共通の最優先事項に続いて、それを「どう言うのか」という部分に関して、瞬時に大きな注意を払わなくてはいけないのが日本語のモダリティです。
われわれ日本語のネイティブスピーカーは、小さいころから対人関係に関するモダリティをどうマネジメントするかを身に付けています。特に敬語表現では、親や先生、先輩などからうるさく指導を受けることになります。
「僕」「私」「俺」といった一人称表現も、その場にふさわしいものを選ぶよう、いつも注意を払っています。さらに、どんな声で言うのか、例えば少しかわいらしく言うのか、重々しく言うのかといった選択肢の中から適切な言い方を作り上げていく必要があります。
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