NTTドコモが「第3のOS」Tizenスマホを販売延期した理由神尾寿の時事日想(2/3 ページ)

» 2014年01月20日 10時00分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 いちおうTizen陣営では、Tizenの特長・優位性として「先進のHTML5への対応」や「優れたUIデザイン」、「高い安定性」などとアピールしている。しかし、それらは最新のiOSやAndroidでも十分に実現されており、後発のTizenがユーザーにとって明快な"Tizenに乗り換えるべきメリット"を打ち出すことは無理だろう。一方でiOSやAndroidのように豊富なアプリや周辺機器がないといったデメリットの方が大きい。それでもなおメーカーやキャリアがTizenを推進しようとしたのは、スマートフォン市場やタブレット市場において、AppleやGoogleの影響力を小さくしたいという「本音」があったからだ。

Tizenの画面キャプチャ(出典:Tizen)

Tizenの失敗は「第3のOS」に位置づけられたこと

 AppleとGoogleの「OS支配」に対抗しなければならない。――これがスタート地点となったTizenは、当初からiOSとAndroidと直接競合することを義務づけられてしまった。すなわち、先進国市場で通用する高機能でスタイリッシュなOSであり、先進国ユーザーが求めるサービスやアプリはたいてい揃っていなければならない。これはTizenの開発計画において残酷な呪縛となった。

 まず、OSとスマートフォン(ハードウェア)そのものに対する要求水準が跳ね上がった。なにしろ先進国市場で、iPhoneやAndroidスマートフォンに対抗しなければならないのだ。しかもTizen搭載スマートフォン初号機の開発を担当するサムスン電子は自社の看板モデルでAndroidを搭載する「Galaxy Sシリーズ」と棲み分けねばならず、NTTドコモをはじめTizenスマートフォンを売るキャリアのラインアップには最新のiPhoneとAndroidが輝いている。端末開発に無理が生じ、進捗が遅れて混乱をきたすのはむしろ当然だった。

 さらに先進国で売るとなれば、スマートフォン向けの主要なサービスやアプリもTizen向けに揃っていなければならない。複数のコンテンツ/サービス事業者によると、ここではNTTドコモやサムスン電子がかなりの努力をして「Tizen版」の開発を各社に依頼してまわっていた。しかし、それでも主要なSNSやゲームなどで、Tizen版アプリの機能がiOS / Android版と同等にならなかったり、そもそもTizen版の開発を断られるといった事態になってしまったという。

 このようにTizenは、当初に「iOS / Androidに対抗する第3のOS」と位置づけられたことから、プロジェクトのあらゆる部分で無理が生じていった。筆者はこれまでTizenの開発に携わっているメンバーと何度も話をしているが、Tizenの推進・普及に向けた彼らの努力や情熱は相当なものだった。しかし、Tizenの出自とTizenを取りまく思惑が、プロジェクトの実現を困難なものにしていた。まさにTizenは、生まれの不幸を呪うしかない状態だったのだ。

「コンコルド錯誤」を断ち切ったNTTドコモ

 コンコルド錯誤という言葉がある。

 これは超音速旅客機コンコルドが、その開発計画・商業化を推進することが"確実な経済的損失・失敗"につながることが判明してもなお、それまでに投資した金額の大きさからプロジェクトをやめられなかったことに由来する。投資をし続けることが損失につながることが分かっているにも関わらず、それまでの投資を惜しみ、投資をやめられない。正常な経営判断ができずに、乏しい成功可能性にさらなる投資を続けてしまうという意味だ。専門用語では「サンクコスト(埋没費用、sunk cost effect)」という。

 筆者は、Tizenはこのコンコルド錯誤に陥っていたと認識している。当初計画の"iOS・Androidに対抗しうる第3のOS"を目指すことでの成功はほぼ不可能であるにも関わらず、Tizen Associationの参加メンバーの多さ、主要メンバー企業がこれまで開発投資をしてしまったことにより、プロジェクトが「やめるにやめられない」状況に陥っていた。

 そのような中で今回、NTTドコモがTizenスマートフォンの販売を無期限延期し、事実上の見直しとしたことは勇気ある決断であり、正しい経営判断といえるだろう。なぜなら、失敗する前に失敗を認めて計画を引き下げることは、そのまま計画を進めるよりも難しい選択だからだ。むろん、今回のNTTドコモの販売延期により、NTTドコモ自身と関連企業は大きな損失を被るが、その損失はコンコルド錯誤に陥ったままTizenを世に出してしまうよりは小さい。Tizenスマートフォンの販売中止によって販促費やサポート費用を節約でき、他方でTizenの方向性を抜本的に見直せることまで考えれば、今回の決定はNTTドコモにとってプラスになるだろう。

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