オーディオブック普及を狙う「朗読少女」――オトバンクの堅実戦略それゆけ!カナモリさん(3/3 ページ)

» 2013年07月30日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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創業の理念を実現する手段としての「朗読少女」

 さらに2009〜2010年にかけて、オトバンクは順調に顧客を伸ばしつつ、出版社とのリレーションもさらに拡げていった。そのころには作家個人から直接に「オトバンクになら任せられるから」と、本のオーディオブック化のリクエストも入るようになってきた。そして、顧客が3万〜4万人に達した時点で徐々に拡大するという堅実路線から一気に拡大路線へと舵を切った。

 「他国の先行市場では文芸書が多い。しかし文芸書をやるなら顧客像の裾野を広げなければダメだと考えた」のだという。顧客基盤を拡げ、扱うコンテンツの種類を多種多様なものにする――。いよいよNPOのアイデアから株式会社に転換させた原点の想いを遂げるフェーズに入ったのだ。

 その起爆剤としてリリースしたのが2010年7月にサービスインした「朗読少女」だった。構想自体は2008年ごろからあったという。iPhoneの登場によって動画を活用したオーディオブックをアプリの形で提供できないかと考えていたのだ。

 商品コンセプトは半年間を費やして固めた。使用シーンは一人暮らしの男性が、「知っているけれど読んだことがない作品を隙間時間で聞ける」というものだ。“制服の美少女キャラクター”はあくまで衆目を集めるためのきっかけのため、純粋に本を楽しみたい人や女性が気後れしないよう“オタク”的な要素はギリギリまで省くよう、キャラクターのスカートの丈にまで注文を出し、調整していった。

 商品の要であるキャラクターボイスについても、100人の声優をオーディションし、面接し、決定した。ポイントは「本が読めて、本が好きな人」であること。「単に字面を上手に読めればいいというものではない。朗読を聞けば、本好きか否かはやはりにじみ出てくる」と久保田社長は笑う。いわゆる“萌え声”ではなくきちんと「読み聞かせる」ことができる点が評価されて、声優のささきのぞみ氏が選ばれた。また、コンテンツとしては、一般に知られている名作を取り上げるという方針で『羅生門』『よだかの星』『ごんぎつね』などを最初にリリースした。創業の目的でもある裾野拡大のためには、マニアなオタク受けをするのではないことが重要だったのである。

 その後の成功は冒頭にも述べたとおりである。リリース直後から、一気に30万、40万というダウンロード数を獲得。本を読むことのハードルを下げたと出版社からの評価も高く、その後、男性キャラクターを読み手にした「朗読執事」シリーズをリリースするに至った。

 業界のDMUとの信頼関係を構築し、顧客囲い込みに注力して、一歩一歩階段を上るように、着実に歩んできたオトバンクも次なる成長ステージの軌道に乗った。今後の方針は、「オーディオブックをますます広く扱っていくこと」(久保田社長)。

 実は久保田社長は、学生時代にバックパッカーとして世界を放浪した経験を持っている。そのとき「日本のコンテンツで人生が変わったという外国人に多く出会った」ことが原体験となっているという。日本のコンテンツパワーを強く信じ、いずれは「世界にも発信していきたい」(久保田社長)。その目は、さらに遥か先を見据えているようだ。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。Facebookでもいろいろ発言しています。


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