仕事で得たノウハウのすべてが企業のものである、とは言いませんがと前置きしながら、先の教育担当者は続けます。
「でもね、そのノウハウを手にするためのコストは誰が負担しているのか? って考えてしまうのです」
企業としては、自社で能力を発揮し、貢献してもらうための「投資」として教育コストを負担している。当然、ある程度は業務を通して還元されているとしても、自社の利益にならない、どこかよその場所で利用されるのはスッキリしないというのです。なかなか興味深い話だと、私は聞きながら思っていました。確かに企業サイドからみれば、そういう視野になるのでしょう。
ただ、逆に従業員の側から見ると、景色がまったく違ってきます。実際、周囲の何人かにこの“企業の言い分”を話してみると、一様に似たような反応が返ってきました。
「仕事をするための教育を受けたとしても、それは業務のためだし、働くことで十分に企業には貢献している。その『余剰分』を換金化することに対して、企業が不快感を示すのは違うと思うし、だったらもっと給料を払うべきだ」と。また「ノウハウを得るために個人的に勉強する努力に対して、企業は十分に対価を払っているわけでもない。そこまで言われるのは筋違いじゃないか」と言う人もいました。
このコラムを読んでいる人も、似たような感想を持つと思いますし(実は私もそうで、会話をしながら半ば反論めいた話をしたことを書き添えておきます)、もしかしたら「小さい話をしているな」と言いたくなる人もいるでしょう。ただ、企業の現場で社員教育を担当している人の立場になると、なかなかそうも言い切れない部分があるのも事実です。社内で一定の予算を与えられ、それには当然費用対効果という言葉が付いて回る。なるだけ社内に還元されることを前提に、いろいろと打ち手を考えて予算を使っているのに、その成果が社外に流れ出てしまう、ということになります。
「教育といえば、座学で外部から講師を呼んで……というイメージかもしれませんが、日常の業務の中で行われているノウハウの伝承だって、立派な教育ですよ。そのコストは誰が負担しているのか。そして、どうして自社でコストを負担して育てた人間が他社で活躍するのか、と考えるとモヤモヤしてしまうのです」
なるほど。副業の話から転職のことへと展開していった結果、さらなる本音が出てきました。
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