なぜ、エジプトの大統領はクーデターで解任されたのか?新連載・イスラム世界を知る(3/3 ページ)

» 2013年07月12日 12時00分 公開
[宮田律,Business Media 誠]
前のページへ 1|2|3       

モルシ大統領解任に対し、周辺諸国の反応は?

 モルシ前大統領の解任によって、エジプトのシナイ半島では秩序が急速に失われ、イスラム過激派の活動が見られるようになり、シナイ半島のガス・パイプラインも爆破された。シナイ半島の混乱はエジプトと平和条約を結ぶイスラエルにも懸念を与えているに違いない。

エジプトとその周辺諸国(出典:Google Maps)

 他方で、ムスリム同胞団出身のモルシ大統領の解任はパレスチナのムスリム同胞団の支部であるハマスの力を弱めることになる。また他方で、ムスリム同胞団よりも急進的で、イランとの関係が太い「イスラム聖戦」の影響力を高めることにもなるだろう。軍が政治にたびたび介入してきたトルコでは、イスラム主義政党である公正発展党を与党とするエルドアン首相が、エジプト軍によるクーデターを厳しく批判した。また、カタールはモルシ政権になってからスエズ運河の改修などに100億ドルの投資を行っている。モルシ政権の崩壊によってカタールのこれまでの投資がフイになる懸念もある。

 そもそも今回、エジプト軍を支持していたのはサウジアラビアとUAEだと見られている。これら2国は、モルシ前大統領解任後にエジプトに対する80億ドルの経済支援を約束した。シシ国防相はサウジアラビア駐在の武官だった人物で、サウジ王族と太いパイプがあると見られている。また、ムスリム同胞団が反政府勢力の中心にいるシリアで、アサド政権がモルシ解任を好意的に見たことは間違いない。

大統領選挙、国会議員選挙はいつ行われる?

 エジプトのイスラム主義政党・自由公正党は、マンスール新政権に対して「インティファーダ(蜂起)」を呼びかけつつも、「革命」を口にすることはないがエジプトの新しい政治づくりに参加することを考えているのかもしれない。マンスール政権は2012年の憲法の改定作業を法学者からなる委員会に行わせ、それを国民投票にかける計画であることを明らかにしている。国会議員選挙は今年終わりまでか、来年初めまでに行うことが計画されている。しかし、大統領選挙がいつ実施されるかはいまだに明確ではない。マンスール暫定大統領は、彼が街頭の400万人の若者たちの支持を得て就任したことを強調し、当面大統領職にとどまることを明らかにしている。

 エジプト政治がこれから安定するかどうかは軍部や、反モルシ大統領のデモに参加した勢力が政治の多元主義をどこまで認めるかにかかっているように思える。他方、ムスリム同胞団も寛容性を維持すべきで、同胞団がテロやゲリラ闘争に訴えれば、イスラム政治勢力に対するイメージをエジプトの国内外で損なうだけだ。エジプトの暫定政権は7月10日、ムスリム同胞団傘下の自由公正党にも入閣を打診する方針を明らかにした。しかし、自由公正党は、クーデター後の政権移行プロセスは「政権転覆の首謀者が任命した人物によってつくられたものだ」と拒絶する姿勢でいる。

 エジプトの政情不安によって国際商品市場の振れ幅が激しくなり、ニューヨーク原油先物相場は9日の時間外取引で、1年2カ月ぶり高値近辺で推移している。エジプトが管理するスエズ運河の輸送に関する懸念もその高値の材料となっている。エジプトの政変は、日本にとっても決して無縁ではない。

著者プロフィール:宮田律(みやた・おさむ)

1955年、山梨県甲府市生まれ。慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)大学院歴史学科修士課程修了。現在、一般社団法人・現代イスラム研究センター理事長。専攻は、イスラム地域研究、国際関係論。イスラム過激派の活動とイデオロギーの解明をテーマに、多くのイスラム国・地域を取材。主な著書に『現代イスラムの潮流』(集英社新書、2001年)、『中東イスラーム民族史』(中公新書、2006年)、『紛争の世界地図』(日経プレミア、2009年)、『イスラムの世界戦略』(毎日新聞社、2012年)など。


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.