PS Vitaを『ソウル・サクリファイス』は“救済”できるか――稲船敬二氏インタビュー(2/4 ページ)

» 2013年03月13日 11時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

うまくいっている事業だと油断してしまう

――そのコンセプターとして『ソウル・サクリファイス』にどのように関わったのですか。

稲船 今、言った通り、僕が考えたコンセプトを貫き通すため、いろんな会社の人たちと一緒に仕事をしたということです。comceptの僕の部下だけと仕事をするなら、命令できるから楽ですよね。でも、SCEやマーベラスAQLという別の会社の方々には命令がききません。

 それに対して、このゲームは面白いんだ、このゲームのコンセプトはこうなんだ、ここは変えてはいけないんだということを最後までしっかり貫き通して、SCEやマーベラスAQLの意見も最大限に生かしつつ、自分が最初に考えたコンセプトより面白いものに仕上げるということが、僕がこのゲームでやってきたことです。

――『ソウル・サクリファイス』の制作の経緯を教えてください。

稲船 前職のカプコン時代から、SCEとの関係はずっとありました。comceptを立ち上げてSCEと仕事をさせてもらいたいということで話した時、「僕はSCEに一番足りないものを手助けしたい」と言ったんです。そして、それが新しいハード(PS Vita)の立ち上げということです。

 いつもそうなのですが、新しいハードの立ち上げは苦労します。僕はうまくいっている事業に乗っかる仕事をしたいわけではないんです。うまくいっている事業はお金も回っているので、「仕事させてください」と言うのは乗っかる形になるわけじゃないですか。でも、僕は現時点ではまだ軌道に乗っていない、もしくは今はまだ分からないけどうまくやりたいんだという、熱のある仕事に一緒に関わりたいんです。そこからのスタートが大好きなんです。

 SCEはPS Vitaの立ち上げに力を入れようとしていたし、どうなるか分からないところに参加させてもらうのが一番僕の力を発揮できるんじゃないかということで、「PS Vitaをやらせてください」と。一番苦労するだろうというのも分かっているのですが、その苦労の方が分かち合えるし、SCEの真剣味も違いますよね。本当に良いか悪いかをしっかり見てくれて、付き合ってくれるという。

 お金が回っていたり、うまくいっていたりする事業は油断してしまいますよね。「まあいっか」みたいな。「稲船さんが言うから、このくらいでいいかな」という仕事をされてしまうと、こちらも甘えてしまうので、一番厳しい中で、一番良い形で盛り上げられているというのは、本当にうまくやれたと思っています。

――『ソウル・サクリファイス』はマルチプレイアクションというジャンルになるわけですが、ここにどうたどり着いたのですか。

モンスターハンターポータブル 3rd

稲船 以前、プレイステーション・ポータブル(PSP)を一番引っ張ったタイトルがマルチプレイアクションの『モンスターハンター』シリーズだったので、携帯ハードにおける成功事例というものが明らかにあるわけです。

 『モンスターハンター』シリーズはもともと据え置き機のプレイステーション2で発売されたのですが、そこまで成功しませんでした。それをPSPに持っていって大成功したということは、明らかにPSPという携帯ハードのおかげであって、実はタイトルだけのおかげではないんです。ということは、このジャンルと携帯ハード機の相性がめちゃめちゃいいというのは誰しも分かるはずです。

 だから、「代表的なハンティングアクションの作品を作ることが、PS Vitaの最大の勝因になるはずだ」と単純に考えました。今、PS Vitaが最大1万円値下げして、そのハードの宣伝で何種類かのハンティングゲームを推していますよね。これは正しいやり方です。

 そのSCEの戦略と、僕たちのハンティングアクションの先頭に立つという戦略が合致して、絶対やらないといけない組み合わせだと思ったので、4人マルチプレイのハンティングアクションを作ることになりました。

 PSPと違うこともあって、同じものや似たようなものを作っては意味がないので、進化しないといけないんだということで、魔法を使って遊んでもらうとか、“救済”と“生贄”みたいな部分をかけ合わせて、オリジナリティのあるハンティングアクションということを前面に押し出しています。

仲間やモンスターが体力を失った時、“救済”と“生贄”を選べる。仲間の場合、“救済”を選べば体力を回復して戦闘に復帰できるが、“生贄”を選べばモンスターに大ダメージを与えられる代わりに戦闘に復帰できない

――そもそもハンティングアクションはなぜ人気があるのですか。

稲船 やっぱり友達同士で遊ぶという、遊びの原点があるからじゃないですかね。ゲームは友達同士で遊んだ方が面白いと昔から言われているのですが、なかなかそれをする機会がないんですよ。コンピュータと戦って勝ちましたという喜びと、友達と戦って勝ちましたという喜びは全然違うじゃないですか。

 僕が前にいたカプコンの『ストリートファイター』シリーズが大ヒットしましたが、それはゲームが面白いからだけではなくて、対戦することが面白いからなんですね。その進化系として、4人マルチプレイのハンティングアクションが出てきたんです。

 この4人というのが絶妙なんですね。2人だと対戦で、3人だと複数になるんです。でも、3人だと1人抜けると対戦になってしまうのですが、4人だと1人抜けても3人なので対戦になりにくいんです。そして5人、6人になると、今度は散漫になってくる。4人というのが絶妙なので、そのゲーム体験を作り出した『モンスターハンター』シリーズはすばらしいということですね。

 そういう良いところは取り入れるべきだということで、4人マルチプレイをベースにしながら、さらに新しい、良い形のハンティングアクションに仕上げたということです。

――ネットカフェなどで4人で『モンスターハンター』を遊んでいるのを見たりするのですが、そういう人たちは単純にゲームをやっているだけにも見えないんですよね。コミュニケーションをとるというか、居場所になるというか、そういうものも感じているのですが。

稲船 ゲームの最大の役割はコミュニケーションツールですから。ハンティングアクションは、コミュニケーションツールとして使いやすいということですね。PSPでマルチプレイをするためには、アドホック通信※なので必ず近くでコミュニケーションをとらざるを得ないため、それを提示できていました。

※アドホック通信……それぞれの端末に設置された無線LANのアダプタが、互いに直接通信をする形態のこと。通信可能な近さにいないといけない。

 PS Vitaの『ソウル・サクリファイス』では、アドホックでコミュニケーションをとってもらうのに加えて、友達が2〜3人しか集まれない場合や1人の場合でも、Wi-Fiを通じてインターネットで4人集めて遊べます。それがPSPとPS Vitaの大きな差ですね。

――アドホックよりインターネットを通じてのマルチプレイの方が多そうなイメージですか。

稲船 どうでしょうね。僕のお勧めはアドホックです。アドホックとWi-Fiのハイブリッドでやってほしいなと。4人集まらなくても、アドホックで隣に誰かいた方が盛り上がると思うので。相手がコンピュータの場合とは違うものがあるので、すごい面白いと思います。

――ゲームシステム的にほかのプレイヤーを生贄にすることがある意味奨励されているので、インターネットを通じての方がやりやすいかとも思ったのですが。

稲船 アドホックでもギスギスしないですよ。逆に目の前で「俺を生贄にして」という言葉が聞けるので。自分本意ではなくて相手に勝たせてあげたいとか、相手が勝つことによってもらえる報酬もあったりしますし。デジタルな損得勘定だけでない感情が出てくるんですよ。心の動きはあくまでアナログだと思っています。デジタルなゲームですがアナログな感覚を大事にしたかったので、イエスかノーだけじゃない部分が『ソウル・サクリファイス』には含まれているかなと。

 そもそも(Business Media 誠読者の平均年齢である)35歳の人で、『モンスターハンター』シリーズを知らない人は少ないと思うんです。遊んだことがある人や、遊んでなくても名前は知っているという人は、たくさんいると思います。そういうのは、すごく重要だと思うんですよね。

 自転車に乗ったことがない人がバイクの免許をとるかというと、とらないと思うんです。怖いですよね。「自転車に乗れないのにバイクに乗れるわけない」と思うじゃないですか。そういう意味で『モンスターハンター』シリーズがベースにあって、「自転車に乗ったことがあるなら、バイクにも乗れるよね」という話ができる状態に持ってきているのも、僕は一つの戦略だと思っています。

 ハードでも一緒なんですよ。「PSPやったことあるよね、PS Vitaはそれよりもっとすごいんだよ」と言えますし。PSPで『モンスターハンター』を遊んでいた人に、PS Vitaで『ソウル・サクリファイス』をやりましょうというのはすごく勧めやすいことだと思います。

 4人マルチプレイのゲームなので、口コミも起こりやすいですよね。ここも僕は戦略だと思っているのですが、面白かったら言いたくて仕方ないんです。「これ面白い。一緒にやろうよ」と。それで広がった前例がありますから。

 テレビであれだけPS Vita値下げのCMをしていても、気にしていない人はいるわけです。でも、友達に「2万円切っているんだよ」と言われて、「えっ、そうなの」となるのはとても重要な宣伝効果と思っています。そこで「どんなゲームが面白いの?」と聞かれて、「『ソウル・サクリファイス』が面白いんだ」と言えることが重要なんです。

――PS Vitaではタッチパネルも使えるようになりました。

稲船 単純に「タッチパネルだから面白い」ではなくて、今、PSPで遊ぼうとすると(タッチパネルでないのに)画面に触りたくなるんですね。スマホのタッチパネルが当たり前になってしまった時代なので、画面に触るのが普通の感覚になっていて、そうでないと違和感がある。だから、違和感がないゲーム機になっているんです。

 PS Vitaだからすごいんだではなくて、PS Vitaなのにここが抜けているよねというものがないんですよ。液晶の美しさもそうで、有機ELがどうだとか言うべきことではないと思っています。今、スマホで有機ELの機種が結構出ていますが、その中で普通の液晶を使って、「スマホの方がきれいじゃん」と言われたくないじゃないですか。劣っている部分がまったくないところが重要だと思っています。

 ただ、PS Vitaはほかと比べると、「高い」ということで全員が一致していました。それが今値下がりして、安いとは言わないですが、高いとは言わなくなりましたよね。そこまで持ってきてくれたので、勧めやすいハードになりました。

 もう1つ、PS Vitaはソフトが充実していなかったのですが、充実するようになってきました。そのソフトというのは、スマホで遊べるようなソフトでないものです。みんな分かっていると思うのですが、スマホのゲームっていいよねと思っていても、やっぱり別モノなんですよ。PS Vitaで遊べるソフトとスマホで遊べるソフトが一緒だとは思っていなくて、一緒だとは思っていないんだけど、スマホのゲームはいろいろ出てくるのに、PS Vitaのゲームは出てこないというところがありました。

 それが『ソウル・サクリファイス』を筆頭にこれからどんどんラインアップが予定されていますし、『ソウル・サクリファイス』がヒットすれば、参入メーカーも増えてくるしという良い流れができると思うので、PS Vitaの良さになるんじゃないかと思っています。

comceptプロデューサー 制作の中身で言うと、PS Vitaではネットワークにつないで、いろいろできるんです。ダウンロード販売もそうですし、SNSへの連携も積極的で、稲船が言うようにケータイでできることが当たり前にできます。

 それはゲームでも取り入れていて、ゲームの変化を起こしやすいんです。生きているかのようにゲームを変えていけるので、制作側としても新しいチャレンジができました。

稲船 PS Vitaのゲームは、ダウンロード販売の率が高いんですよね。今まではダウンロード販売を増やしたくても、なかなか難しかったのですが。

 2月28日に発売した『閃乱カグラSV』も店頭での売り切れがあったこともあって、3割ほどがダウンロード販売だと噂で聞いたことがあります。任天堂の『とびだせ どうぶつの森』でも、店頭で売り切れで買えないから、ダウンロード販売が伸びたということもありましたね。スマホだとダウンロードするのは当たり前ですが、ゲーム専用機でもそれが当たり前になってきているというのは大きいです。店頭で売り切れで買えないというのを推奨したいわけではないのですが。

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