“当事者目線”のルポは続く――「あれから2年」を前に必読の書籍相場英雄の時事日想(2/3 ページ)

» 2013年03月07日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

悲から生をつむぐ』(著・寺島英弥氏、講談社)

 当欄では、かつて寺島編集委員の著作『悲から生をつむぐ』(講談社)を紹介した(関連記事)。東日本大震災の発生直後から被災地や被災者のルポを書き続けた同編集員が、1年間ブログで綴った内容をまとめたのが『非から〜』だ。

 今回取り上げる『希望の種をまく人びと』は、2年目から3年目に差し掛かろうとしている被災地の様子や被災者の日常を丹念に取材した内容をまとめたものだ。

 『非から〜』と同様、本書も「……です。……ます」調でつづられている。私は何度か著者の寺島氏と会っている。自己主張の強い記者が多いマスコミ業界の中で、同氏は口数が少なく、かつ穏やかな口調で話す人、というのが私の抱いた印象。このイメージがそのまま文章、筆致に反映されているのが本書なのだ。

 取材対象者に会いに行き、じっくり耳を傾けて話を聞く。本書は福島や宮城、岩手沿岸の地域の一般の住民たちからの聴き取りがベースになっている。震災当時から現在に至るまで、一人ひとりの被災者にはそれぞれの思いや苦しみがあった。本書はその事実を淡々と伝える。

 読み進めるうち感じたのは、本書が小津映画のような雰囲気を持っているという点だった。小津作品と同様、寺島氏は震災後の日常を淡々と被災者から聞く。そして小津作品と同じように、ごくごく普通の農家のオヤジさんや、漁師のオジさんの口からびっくりするようなセリフ、いや、言葉を引き出しているのだ。以下は、寺島氏が福島県南相馬市の農家を取材した一場面だ。東電との補償交渉が難航し、心労を重ねる農家とのやりとりだ。

 『……山梨への移住をもはや現実の選択と考える小野寺さんは、農業機材を含めた活動拠点移転費用も補償に入れてほしい、と東電側に伝えたところ、はっきり断わられたそうです。「補償は、過去についての損失が対象であって、未来についての補償はあり得ず、国の補償方針にないものは出せません」と。

 「あんたたちの原発事故のために俺は苦労しているのに何だ、と言っても、また話がかみ合わない。それがまた、新しいストレスになった。未来のことでなく、起きていることはすべて現実なのに」と小野田さん。ここでは農業を続けることができるのか否か、とどまるべきなのか移住すべきか、自らの心身を害するほどに悩み葛藤し、その思いが決して通じることのない世界と交渉を続けることの重く濃い疲労が、その顔にありました……』

 本書には、こんな言葉も載っている。以下は、原発事故の影響で住まいと生活の糧を奪われた福島県飯舘村の老女の言葉だ。

 『本当に、村にまた戻れるのだろうかと思う。戦争中もつらかったが、希望はあった。今は、戦争中よりもつらい。でもね、今はひとつひとつ、希望をつくっていかなくてはね』

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