邦高洋低化するエンタメ業界アニメビジネスの今(3/3 ページ)

» 2013年02月26日 08時00分 公開
[増田弘道,Business Media 誠]
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日本文化の邦高洋低状況

 ここまで映画やアニメに関する邦高傾向を見てきたが、これは日本のエンタメ業界全体に散見されるものである。日本がその発展に深くかかわっているマンガやゲームで日本が圧倒的な優位性を誇っているのは間違いないところだが、もともと海外の影響が強かった小説や音楽でも時代が経つにつれ邦高洋低傾向が見られようになった。

 まず小説についてだが、筆者が文学部出身ということもあるが、以前より確実に海外文学の影響が薄れているように思える。筆者が昭和20年代に生まれ、明治維新以来の「脱亜入欧」「和魂洋才」の雰囲気を感じ取ることができたという世代的な事情があるが、現在よりも海外文学がより普遍的であったのは確かだ。

 筆者が生まれる前ではあるが、サルトル『嘔吐』(1946年)、ドストエフスキー『罪と罰』(1948年)、モーパッサン『女の一生』(1948年)、ゲーテ『若きヴェルテルの悩み』(1948年)、トルストイ『復活』(1948年)、M.ミッチェル『風と共に去りぬ』(1949年)、D.H.ロレンス『チャタレイ夫人の日記』(1950年)、S.ボーヴォワール『第二の性』(1953年)、A.フランク『光ほのかに』(1953年)、V.フランクル『夜と霧』(1956年)といった小説や評論が書籍売上ベストテンに名を連ねる時代があり、いかに海外文芸にニーズが高かったことがうかがわれる。

 しかし、昭和30年代の「もはや戦後ではない」(1956年「経済白書」)時代になると、次第に海外文学の比率は低くなり始める。その後、1990年代のシドニィ・シェルダン、2000年代のJ. K. ローリングのようなベストセラー作家を除けば、ベストテン入りは年平均年1冊にも満たない状況となっている。

 テレビ番組でも開局当初は制作体制が整わなかったために海外番組が多かったが、1960年代から次第に数が減り始め、1963年の『ベン・ケーシー』(視聴率50.2%で5位)を最後に視聴率ベストテンから姿を消している。

 音楽についても同様のことが言える。筆者が1979年にレコード会社に入社した時、当時の副社長から「レコード売上は豆腐産業と同じ3000億円。そして邦楽と洋楽のシェアは半々だ」と教えられた。邦楽より洋楽のレコードが高かった時代を知る人は50代以上の音楽ファンに限られるだろうが、少なくとも1970年代までは洋楽の方がステータスは高かった。

 ところが、1980年代に入り、いわゆるJ-POPなる領域が生まれると、急激に邦楽のシェアが伸び始める。1980年代までにプロデビューしたミュージシャンがお手本にしたのは国内ではなく海外のアーティストだったが、1990年代からは逆転するようになる。

歌舞伎化するマンガ、アニメ、ゲーム

 グローバル化が叫ばれる時代にあって、逆に邦高洋低化が進むエンタメ業界。江戸時代のように政治的な制約もないのに“鎖国”化が進むのは、自国文化が充実したことで、海外文化をさほど必要としなくなったからだろう。それを“ガラパゴス化”と呼ぶのかもしれないが、少なくともマンガ、アニメ、ゲームなどのポップカルチャーのジャンルでは、世界に比類なき文化を作り上げているのは確かである。

 鎖国化した江戸時代にすでに熟爛(じゅくらん)の気配をみせていた歌舞伎は「傾(かぶ)く」という言葉に由来するが、それは「並み外れたもの、常軌を逸するものといった意味で、精神的な面についても、また異風異装、流行の先端を行く髪形や服装、さらには乱暴狼藉(ろうぜき)の行動など現象的な面についても広く用いた語」(『平凡社世界大百科事典』より)である。

 そして、この「傾く」精神こそ、乱暴狼藉はともかく、まさしく今のマンガ、アニメ、ゲームに見られるものではないだろうか。特に、最近のアニメは、相当「傾いている」ように思える。歌舞伎同様、鎖国文化の代表である浮世絵はアニメのルーツの1つとも言われているが、それが西欧で認められたのは、陶芸品を輸出する際に包装紙となっていたものが“発見”されたからである。

 もとより、浮世絵は海外での評価を求めて作られたものではない。マンガやアニメも同様だろう。新しい日本文化であるマンガやアニメが海外で評価されているのを見ると、その時と同じような時代の雰囲気を感じる。

増田弘道(ますだ・ひろみち)

1954年生まれ。法政大学卒業後、音楽を始めとして、出版、アニメなど多岐に渡るコンテンツビジネスを経験。ビデオマーケット取締役、映画専門大学院大学専任教授、日本動画協会データベースワーキング座長。著書に『アニメビジネスがわかる』(NTT出版)、『もっとわかるアニメビジネス』(NTT出版)、『アニメ産業レポート』(編集・共同執筆、2009〜2011年、日本動画協会データーベースワーキング)などがある。

ブログ:「アニメビジネスがわかる


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