「仲良くしていく以外、道はない」――丹羽宇一郎元大使が語る、今後の日中関係(4/4 ページ)

» 2013年01月31日 11時50分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
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――尖閣諸島の問題がヒートアップしたのは、石原発言もありますが、最終的には野田政権が国有化したためだと考えられます。その結果、中国の自動車市場で日本がずっと1位だったのにドイツに負けてしまったとか、草の根で築き上げてきた関係が壊れてしまったといったことが起こりました。経済人の方々はどうしてもっと怒らないのでしょうか。

丹羽 野田首相がおやりになったことがすべてゼロということではないと、私は思っています。また、そのような判断が日本政府によってなされたということについて、後出しジャンケン的に申し上げるのは私は好みません。

 しかし、あの時に日本政府が結論を出した環境、情報というのはどうであったか。すべてを私は把握しているわけではありません。大使として知る限りの情報は当然得ていましたが、なぜあのような判断をあの時期に一日を争ってされたのか、私にも不明です。

 しかし、その時の官邸、あるいは総理が持っていた情報には、私の知らない情報もあったかもしれません。私はその時も日本政府には「なぜ今なんだ」と意見を申し述べていますが、はっきりとした理由は私は存じ上げていません。そういうことからいって、ここであれが良かったか、悪かったかということについて論評するための、十分な情報をまだ得ていないということかと思います。十分な情報をおっしゃる時期ではないということなのか、私には分からない状況ですが、個人的に申し上げるなら「タイミングが良くないね」と一つ言えるかと思います。

 当時の日本政府が、個人から国に所有権移転することについては、国内法に基づいて行ったわけでしょうが、一方、あの境界上にある所有権の移転については、一歩海をまたげば外交上の係争になるということをもう少しシリアスに考えて、国際的な説明、あるいは中国に対する外交上の説明をやはりしておくべきであったかという気はします。そのほかの問題については、先ほど申し上げたようなことで、何らかの理由があったのではないかと私は今でも思っています。

――中国側はこの問題がこんなに大きくなってしまうと事前に分かっていたと思いますか。ここまで物事が発展すると、中国政府として本当に望んでいたと思いますか。

丹羽 私は日本人としては一番多く、中国の首脳クラスとお会いしていると思います。また、私は中国全土を歩きましたが、それはいずれもその各省トップで一番偉い党書記に必ず会うということでもあって、やってきたわけです。そういうことから考えると、中国のトップ層が何を考えているかということについては、かなり私なりに把握していたと思います。

 今回の問題については、かなりクリティカルな状況になる可能性があると、私は感じていました。1972年以降、2008年までに4つの共同声明、あるいは平和条約があったわけですが、「領土問題については、しばらくお互いに触れないでおきましょうという暗黙の了解があったはずだ」と中国のトップは最後まで言っていました。「それをブレイクしたというのは、局面が変わったんだ」「その暗黙の信頼関係をブレイクしたんだ」と言っていました。

 そのたびに私は「いや、そんなものは存在していない」と答えていました。要するに明文化されていないので、当然、公式にはそういうものは存在しないわけです。しかし、先ほど申し上げましたが、何となくそれらしき臭いがするなということは確かにあったかと思います。

 日米関係、日中関係、中米関係、ASEANとの関係、さまざまな環境の中で中国側の判断は必ずしも一色ではなかったと思います。しかし、信頼関係を破ったこと、中国の胡錦濤国家主席のメンツをつぶしたこと、この2つは中国側を非常に立腹させたのではないでしょうか。特に中国はメンツを重んずる国です。要するに信頼を破ったということです。

 しかも、胡錦濤主席がウラジオストクで野田首相に対して発言したことが、1〜2日後にまったく無視されたことについて、胡錦濤主席以上にその部下たちが胡錦濤さんの心をおもんばかって激しく反応したことがあったのではないかと思います(参照リンク)。そこの読みを、日本側としてはやや軽く見たかもしれません。

――桜が咲く時までに日本と中国の関係が改善できると、自信を持って思いますか。もしそうであればどのような形で、どのようなことが起こって、それが実現するでしょうか。

丹羽 これは何と言うのでしょうか。みなさんが納得できる論理的な結論ではありません。私の過去の中国における経験、あるいは今の状況、知る限りの情報をまとめると、ケンカ疲れということもあるでしょう。

 それからこの数カ月、お互いに顔をそむけあって何かいいことありましたかね。これをいつまで続けるんですかね。メンツにこだわって、どちらが頭を下げるとか、どちらが話し合いをしようと言い始めるか、夫婦げんかで旦那が頭を下げるのが先なのか、奥さんが先なのかというような子どもじみた話ではなくて、やはり冷静沈着に賢者として両国の首脳が立ち振る舞う時期が来ているということで、すでに水面下ではそういった動きがあるように見受けられます。従って、時期的に言えば、桜の咲くころではないかということです。関東で咲くか、北海道で咲くかには1カ月ほどの差はありますが(笑)。

――質問の前にひとことだけ言いたいのですが、暗黙の合意があったかなかったかというのは公式文書には残りませんから、公式文書にないから暗黙の合意がなかったというのはあたりません。栗山尚一元駐米大使はこの首脳会議に出席していたのですが、暗黙の合意はあったと言っています。質問は、もし石原慎太郎氏が尖閣諸島を購入していたら、日中戦争になっただろうという見方が外国ではあるのですが、丹羽さんはどうなったと思われますか。

丹羽 棚上げの話ですが、栗山さんがおっしゃっているばかりではなく、(元外務官僚の)橋本宏さんなどもそれらしき発言をされていると耳にしていますが、公式な文書では棚上げという文言はありません。それを削除したとか書かなかったかとかいう話も聞いていますが、現在の外務省が持っている限りの公式の記録ではそのようなことはありませんから、やはり公式にはないと申し上げていいと思います。

 石原氏のおっしゃったことをそのまま実行したらどうなったかということですが、私は両国トップの知恵で戦争ということはないだろうと思いますし、人間の英知というもの、私は現在の環境などを信じたいと思っています。

 最後に誤解がないようにひとつだけ。過去のこういう会見の中で時々そういうことがあるのでひとつだけ申し上げておきますが、政治の大罪と申し上げたことについてです。私はこの日本のトップではなく、両国のトップが日中関係を壊すような対応をするとすれば、それは政治の大罪という言葉にあてはまるだろうということで、これからの対応を間違えないようにしていただく必要があるだろうということなので、くれぐれも誤解のないようにお願いしたいと思います。

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