特に問題視されているのは、リビアだ。リビアが内戦状態にあったとき、カダフィ政権側は近隣諸国のマリなどから武装集団を集めて武器を与え、反体制派と戦わせた。逆に反体制派は、アルジェリアなどのイスラム武装集団を呼び込み、カダフィ政権との戦いを続けた。
内戦は反体制派の勝利で終結し、リビアに集まっていた集団は高度で強力な武器を手にしたまま、それぞれの国に帰った。カダフィ側と反体制派側に分かれていた武装勢力は現在、仏軍が軍事介入しているマリ北部で一緒に戦っている。
アルジェリアでは、今回の人質事件を起こした武装組織「血盟団」のリーダー、モクタール・ベルモフタールがマリに潜伏しながら、驚くような重装備の実行犯をガス田施設に送り込んだ。
アラブの春の舞台であるチュニジアやエジプト、リビアから集まったという実行犯たちは、発射台付きのロケット砲やRPG-7(携帯式対戦車ロケット弾発射機)などで武装していた。2012年11月にモーリタリアのメディアの取材に応じたベルモフタールは、リビアの内戦の間にカダフィ側が所有した破壊力の強い武器を確保したと認めている。ちなみにリビアでは政府側の武器庫が大量の武器を残したまま放置されていた。
こうした現状はアラブの春なしには起き得なかっただろう。800人が勤務していたガス田をたったの40人の武装集団が襲撃できたのも、リビア発の武器などによる重武装によるものだ。リビア側からアルジェリアに入ったとみられる実行犯たちは、こうした武器を引っさげて難なく国境を渡ってきたのだ。
今回の人質事件でもう1つ気になるのは、ベルモフタールが「アルカイダ系」だという報道だ。確かにベルモフタールは国際テロ組織アルカイダの最高指導者だったウサマ・ビンラディンや、現在のリーダーであるアイマン・ザワヒリに惚れ込んでいたとされる。今回も「アルカイダ」のために実行したと語っているが、そもそも彼がどこまでイスラム主義者なのかはちょっとよく分からない。
テロリストというより、強盗に近いただの犯罪者ではないかと見る向きもある。確かに、1980〜1990年代にアフガニスタンにあったアルカイダの軍事キャンプで訓練を受けたようだが、帰国してからはアルジェリアの内戦に参加し、その後は欧米人を人質に取って身代金で稼いでいた。犯罪者仲間らとともに、これまでフランス人やカナダ人、スペイン人、スイス人、ドイツ人、イギリス人、イタリア人を誘拐した。さらにたばこの密輸をして「ミスター・マルボロ」と呼ばれていた。
このミスター・マルボロは、アルジェリアで過去に2度、国境警備や関税官などを殺害した罪で本人不在のまま死刑判決を受けている。アルジェリア軍が実行犯も人質も関係なく強硬に制圧したのも、国内で犯罪を続ける「死刑囚」のベルモフタールに屈しないという意思表示だったのだろう。
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