交渉を上手に進めるための三役割の分担(1/3 ページ)

» 2013年01月11日 08時00分 公開
[木田知廣,INSIGHT NOW!]
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著者プロフィール:木田知廣(きだ・ともひろ)

シンメトリー・ジャパン代表。米国系人事コンサルティングファーム、ワトソンワイアットで、成果主義人事制度の導入に尽力。欧州留学を経て、社会人向けMBAスクールのグロービスの立ち上げをリード。2006年、経営学の分野で有効性が実証された教育手法を使い、「情報の非対称性」を解消することをミッションとしてシンメトリー・ジャパンを立ち上げる。


 「交渉」と聞くと相手と向かい合って丁々発止の厳しい言葉のやりとりをするイメージが浮かびますが、それ以外にも「記録」「意思決定」という役割が同じくらい重要です。

 「記録」はその名の通り、自分の発言や相手からの返答を書き留めるのが主な機能です。とはいえ、議事録を作るのが目的ではなく、記録をしながらロジカルシンキングを駆使して交渉相手の「真のニーズ」の仮説を立てるのが本当の役割です。

 交渉ごとというのは、こちらも相手も何らかのニーズがあり、それを達成したいからこそ行うわけです。ただ、「真のニーズ」が相手にバレてしまうと、交渉においては不利なポジションに立たされることが多いため、お互いにさらけ出すことはあり得ません。

 例えば、労働組合と会社の交渉をイメージしてみましょう。労使の交渉において論点となるのは、「賃金」「雇用の確保」「労働時間の削減」「定年の延長」などさまざま考えられます。今回は仮に労働組合の側に立った時で、一番勝ちとりたいのは「定年の延長」だとしてみましょう。

 もし、この定年の延長を真っ先に主張して、「とにかくここだけは譲れない!」とホンネを言ってしまったらどうなるでしょうか? 会社側にしてみたら、これほどオイシイ情報はありません。「じゃあ、『定年の延長』を飲む代わり、賃金を下げて、雇用も保障しないで、しかも労働時間も増やしますよ」といわば“真のニーズ”を人質にとって、ほかの条件を徹底的に自分たちの有利に進めてくるはずです。

 結果として、雇用の延長は勝ち取ったけれど、そもそもとして雇用が確保できなくて、簡単にリストラされてしまうなんてことになったら本末転倒。なので、上手な交渉者は、真のニーズは隠して交渉に臨むのです。この例で言えば、あたかも「賃金」が真のニーズであるように交渉を始めたりするのです。

 その上で、「賃金」ではワザと負けて会社側に譲歩します。当初は、「3%の賃上げを要求する!」と言っていたのが、「会社のフトコロ事情が苦しいのも分かったし、じゃあ賃上げは1%でいいですよ」なんて言ったりして。

 そして、この譲歩を使って、真のニーズでは自分たちの欲しいものを勝ちとります。「賃上げでは妥協したんだから、定年の延長に関してはこちらの言い分を認めてくださいよ」なんていう風に。結果として、自分たちの真のニーズは満たしつつ、ほかの論点でも損をせず、全体としてはより有利な条件を達成できます。

 このような理屈が分かっている交渉者は、当然のことながら自分の真のニーズを交渉相手には明かしません。そこで出てくるのが、「記録」の重要性。相手のさまざまな発言から、そして自分たちが突きつけた交渉条件に対する相手の反応から、「真のニーズは○○ではないか」という仮説を立てることにより、交渉を優位に進めていくことができるのです。

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