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» 2012年12月06日 14時00分 UPDATE

郷好文の“うふふ”マーケティング:“うふふ”マーケティングと天職について考える (1/2)

5年続いた連載も残すところ2回となった。記事かコラムかエッセイといえば、エッセイに近かった本連載。編集部の自由裁量のおかげで、私がおもしろいと思ったものを書いてきた。

[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の開発、海外駐在を経て、1999年〜2008年までコンサルティングファームにてマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略など多数のプロジェクトに参画。2009年9月、株式会社ことばを設立。12月、異能のコンサルティング集団アンサー・コンサルティングLLPの設立とともに参画。コンサルタント・エッセイストの仕事に加えて、クリエイター支援・創作品販売の「utte(うって)」事業、ギャラリー&スペース「アートマルシェ神田」の運営に携わる。著書に『顧客視点の成長シナリオ』(ファーストプレス)など。中小企業診断士。ブログ「cotoba


 これまで本連載「“うふふ”マーケティング」で私は何を書いてきたのだろう?

ビジネス記事がどう読まれるか?

 およそ5年ほど書き続けた連載での視点は、記事かコラムかエッセイといえば、エッセイが近い。マーケティングという切り口は商品やサービス、ブランドやPRなど売り方、成功や失敗事例などがあるが、私は人間(作り手、仕掛け人)にフォーカスすることが多かった。

 「書きたい記事」か「書かされた記事」かでいえば、編集部の自由裁量のおかげで「いいな」を書いてきた。ネタの売り込みでも、おもしろいと思ったものを書いた。

 記事としてのクオリティは、何本か良いものが書けたと思う。書いた瞬間は高揚しても、後で読むと「何じゃい」というものもあった。「こう読まれるのか……」という予想外の読者コメントもあった。

 1つだけモットーがあった。「読んですぐに役立つ」のではなく「考えてもらいたい」。

 ビジネス記事は「他人(他社)がどうした、なぜ成功したか、どうすれば自分が成功できるか」という動機で読まれる。先達を学び、まねることは大切。だが他者の事例を闇雲に知るだけでは、ケージの中でくるくる回る動物の永久運動のごとく、知識の自己満足で終わる。“くよくよするな”系の本にハマル人はそれである。

 そうではなく、踏みとどまって「なぜなのか?」を深く考えたい。表面をまねるだけなのか、そこから考えるのか。その人の仕事観や仕事への執着が投影される。

 閑話休題。みなさんは今の仕事をどう選びましたか?

天職とは何だろう?

 私は都合3度転職したことがある。2度は会社を替わり、3度目は独立した。新卒では「おもしろそうだ」で入職し、そこからの転職は「やらないか」と誘われ、コンサルタントへの転職は自分の市場価値を「高めたい」からだった。それぞれ背伸びでやりがいはあった。

 「転職は天職だったか?」といえば、イエスとはいいきれなかった。

 「世の中が求めている」「市場価値を高めたい」「収入をアップしたい」といった動機で仕事を選ぶのは、言葉の装飾をはぎ取れば、利己主義である。「自分がどうなりたい」「どうありたい」「どう見てほしい」という意識が勝る。もう少し利他主義、つまり社会性もほしいところだ。

 だが「社会が求める仕事」なら天職か? 例えば医師は人の命を救う、弁護士は人権を守る、消防士は災害を食い止める。尊い社会性がある。だが天職かといえば、その職業がもつ社会的な価値と天職がかぶることはあっても、天職そのものかどうかは別である。

 では天職の判定は何でするか? それは「どう感謝されたら自分が気持ちがいいか」それに尽きる。

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