第3回WBCを辞退したイチロー、天才打者はどこを目指すのか?臼北信行のスポーツ裏ネタ通信(3/4 ページ)

» 2012年11月21日 08時00分 公開
[臼北信行,Business Media 誠]

重圧に押しつぶされそうな日々、「寝ながら泣いていた」

 そんなイチローでも激しい重圧にさいなまれることがあるという。これは2003年のオフ、イチローと松井がメディアの企画で対談したときのこと。2人の話題はスランプ克服法に及んだ。イチローはこの年に3年連続200本安打を達成したが、その舞台裏では「プレッシャーから初めて息苦しさや吐き気を感じていた」ことを吐露。「弓子(夫人)がボクを見て『寝ながら泣いていた』とビックリしていた」という仰天裏話を口にしていた。

 これに対し、松井は「ボクのストレス解消法は、う〜ん、そうですねえ……。うまい物を食べてよく寝ることですね」。するとイチローは驚いた表情とともに「おまえさあ、本当にそんなんでいいの?」と突っ込んでいた。2人のスーパースターの対照的な性格を表すようなエピソードだ。

 イチローは普段から打撃に関するチェックポイントをいくつも持っている。それらが現在どういう状態なのかを常に把握し、自分の状態が悪くなったときはいくつかのポイントを改めてチェックし直す。たとえミリ単位であってもポイントがズレたり狂ったりしていれば修正する。

 それは想像を絶する過酷な作業であることは間違いない。だからこそジーターがいうようにイチローは史上まれに見るストイックな天才プレーヤーなのであり、その基盤となっている強靭(きょうじん)な意志を兼ね備えているのだ。寝ている間に涙を流すのは、ほんの少しの間だけ身体と心が普段のすさまじい重圧から解放されるからなのだろう。

マスコミ嫌いではない、“プロ”の取材を求めているだけ

 一切の妥協を許さない姿勢は自らに対してだけではない。メディアへの取材対応も同じだ。ヤンキースに移籍した今季後半は「メディアの質問にはできる限り応じなければならない」というチーム規則を受け入れ、笑顔で報道陣のインタビューに応じる姿が多く見られたが、その前のマリナーズ時代の対応は決して愛想がいいとはいえなかった。

 試合が終わってイチローが自分のロッカーの前で椅子に座ると、遠くから様子を伺っていた記者たちが恐る恐る近寄ってくる。これはマリナーズの本拠地セーフコフィールドのクラブハウスでは、つい4カ月ほど前まで日常的な光景だった。

 報道陣に背中を向けて話す姿が支度部屋で髪を結い直しながら取材に応じる力士をほうふつとさせたことから、一部の地元シアトルのメディアからは「ヨコヅナ」とも揶揄(やゆ)されていた。気に入らない、あるいは的外れと感じた質問には「はい、次」でおしまい。

 こう聞くと「イチローって、なんて冷たいんだ!」と憤慨する人もいるかもしれない。しかしイチローには「マスコミと自分は互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合うべき」という持論がある。自分は最高のプレーをするためにできる限りの準備をしているからこそ、質問する側にもそれなりの準備と知識を求めるのだ。それが証拠に「的を射た質問」には数分間にわたって長々と答えることもある。

 イチローのマリナーズ在籍時代まで数年間に渡って密着していた日本人番記者は、次のようにいう。「最初は彼に見向きもされなかったが、しっかり熟考した質問を何度もしているうちに答えてくれるようになった。イチロー選手のおかげで、記者としての取材能力がとてつもなく鍛えられましたよ」

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