不完全エスパー―積極的傾聴と文化祭―「誠 ビジネスショートショート大賞」清田いちる&渡辺聡賞受賞作(1/5 ページ)

» 2012年11月16日 11時00分 公開
[鈴木ユキト,Business Media 誠]



               文化祭の出し物。

               キョンちゃんのこと。

               学校のみんな。




 「……ということで、今年の生島女子学園、高等部文化祭、クラス選出の実行委員は久保田ゆきかぜさんに決まりました! ゆきちゃん、頑張ってー!」

 「頑張ってー!」「ゆきさまー!」「ゆっきー! すごーい!」

 みんなが私の方を見てそういった。

 私は笑顔に、困ったなぁというニュアンスを混ぜた表情を作って、席に座ったまま教室のみんなをぐるっと見た。品のいいブレザーの群れ。みんな笑顔。私は苦笑顔。

 でも、私の内心はガチでため息だった。目立ちたくないし、ひっそりとしていたいのに。

 ……思えば、この瞬間が全ての発端だった。

 高校2年生の、いわゆる女子高生である私のことを書いてみようとおもう。

 私の名前は久保田ゆきかぜ。少し変わった名前だと思うけど、もう死んでしまった恩人が付けてくれた。だから気に入っている。この名前の前に3歳ごろまで別の名前もあったようだが判らないし、もうどうでもいい。

 友達は私のことを「ゆきちゃん」とか「ゆっきー」と呼ぶ。あるいは下級生の一部は「ゆきさま」とか。ラブレターのようなものをもらうことも多い。

 「ゆきさまの涼やかな瞳が」とか「ショートの髪が揺れるたびに私の気持ちも」とか、どれも案外おじさんくさい文章なのだけど、残念だが私には愛している人がいる。たぶんそのことを、彼女らは知らない。

 さらに彼の年齢を聞いたら卒倒するだろうし、一緒に暮らしていると知ったらどうなるのか想像もつかない。私は、物心ついたときから彼と一緒にいる。いろんなことがあったが、いっしょに暮らしているということだけはずっと変わらない。

 彼の名前は榊武彦。30代前半。私の2倍くらいの年齢だ。

 私は、彼のためならいつでも死ねるし、何でもできる。何にでもなれる。いますぐ証明したいくらいだ。時々、それをすぐに実行したい衝動が私を襲う。そういうときは、榊を責めてやりすごす。

 「榊さん、またお洋服脱ぎっぱなしですか!? そういうのやめてください!」

 「お手洗いは座ってって、何度言ったら分かるんですか! お掃除するの大変なんです! イヤガラセですか!?」

 「お休みの日だからって下着でおうちの中歩かないでください! そういうのおじさんっぽいです! もうあたしも子どものころとは違うんですから!」

 とか。力一杯やる。

 責めるネタはいつだって大量にある。だって私は彼のことをいつでも注視している。

 私はそんな気持ちを言葉に出したことはない。榊が気付いているかどうかは分からない。だが、その気になった榊に隠しごとなんてできない。

 彼は、私の気持ちなんて簡単に読むことができる。

 そういう能力がある。それが榊だ。


 榊は、人の考えていることや記憶を読むことができる。

 未来を予知したり、伏せてあるカードを言い当てたり、指先に炎を出現させたりもできる。

 手品師ではない。本物の超能力者だ。

 榊はそれを「別に珍しいものではないし、たいしたものでもない」と言う。能力があることよりも、コントロールして使えることの方が超能力なのだと。

 「虫の知らせ、とか言うだろ? 人にはもともとそういう能力が備わっているし、ビジネスマンのいくらかは、無意識にそういう力を使っている。人の心を感じ取るとか、相手の感覚を一部遮断して意図するほうに注意を向けさせるとか、未来のことをかなり精度高く言い当てるとか。でも、それを能力と思って使おうとすると、だめになるだろうね。いろいろと」

 私がだまされていると思う人は幸せだ。榊は、私の両親の頭を吹き飛ばした。おうちのリビングで、パパはママの首を絞めて、ママはパパを包丁でめちゃめちゃに刺していた時。私が3歳くらいのころだと思う。

 私はそのことを覚えていないことにしている。でも本当は鮮明に、覚えている。おうちに飛び込んできた中学生くらいにしか見えないやせっぽちの男の子の、顔の半分が眼になるくらいに見開いた、歯をむき出した狂ったような表情も。それが榊だった。

 そのままだったら、きっと私は両親どちらかに殺されていた。彼は命の恩人だ。

 途切れ途切れの思い出は、いつでも榊とともにある。

 そのまま私は榊に連れ去られた。理由は分からない。最初はホームレスのおじさんやおばさんと一緒に暮らした。優しくしてもらった。楽しかった。そしてきっかけがあって榊と私は、世界的な電器メーカーとして有名なマヤ株式会社のエスパー研究所に引き取られた。

 ホームレスのおじさんたちともいつでも会えたし、それからも楽しかった。榊は研究員ということになり、そのままマヤに就職した。私はマヤの運営する保育園と幼稚園に行き、その後、私が今行っている学校の小等部に入った。毎日学校帰りにマヤに寄って、榊といっしょに帰った。エスパー研の実験もいっぱい見た。

 楽しかった。エスパー研を作ったマヤの名誉会長、勝田おじいちゃんは私たちのことをとてもかわいがってくれた。私の名付け親で、後見人になってくれた恩人だ。

 そして数年前、おじいちゃんが死んで、あっというまにエスパー研は解散になった。

 所長の古市さんも、他の所員も、その後の社内では冷遇された。当時中等部に上がったばかりの私にも、それはよく分かった。メンバーの多くが退職して、しばらくして、榊もマヤを辞めた。

 今は小さな会社で事務職をしている。お給料は大きく下がった。でも、榊はマヤにいた最後のころよりも機嫌がいい。

 だから私はそれでいい。他のことは何も望まない。

 出会うまでの榊の過去は分からない。話さないし、聞いたこともない。

 おじいちゃんがくれた戸籍が私たちの全部。それでいいと思う。

 榊は、見た目は別にどうということもない、年齢なりの男性だ。だが、私は榊のことが好きでたまらない。榊以外のことを考えるのに罪悪感を感じるほどだ。榊のために死にたい。

 そんな暮らしの中で、私に起こった事件のこと。

 うまくできるか分からないけど、とてもうれしかったことの記録と、どうしようもなく強い罪悪感を書き残しておこうと思う。


 ことの始まりは、その年の6月半ば。

 文化祭の実行委員を決めるホームルームからだった。

 クラスメイトの推薦で私が文化祭の実行委員に選ばれて、みんなが「頑張ってー!」と言った。みんな笑顔。幼稚舎からある名門女子校の高等部の、賢くていいところの子ばっかりのみんなだ。めちゃめちゃな感じではなくて全体的に調和のとれた、良い感じでの盛り上がりだった。

 小等部からの入学組である私も、もちろんこうした。

 「え、えー? あたしそういうのできるかなー」

 後頭部に手をやったりという過剰なことはしない。この言葉を言って、「まじかよー」みたいな顔をするくらいが適当だろう。だが、嫌がるというよりは受け入れる余裕を見せつつというのが大事だ。みんなもバランスを考えてはやし立てているはずだ。

 「ゆきちゃんかっこいい!」とか、「ゆきさま! すてき!」と盛り上がった。そして、そろそろころ合いかな? というころに私は言った。

 「うーん、では、久保田ゆきかぜ、頑張りまーす」

 拍手が起こった。学級委員のみっちょんがにっこりして、黒板の「生島女子学園高等部 第56回文化祭 選出実行委員」と書かれた文字の下に私の名前を書いた。

 私はぐるっと振り向いて、やぁやぁというように手を振った。拍手が大きくなった。

 うちの学校で、文化祭の実行委員というのはそれなりに地位のある役目だ。各クラスから1名、推薦と投票で決まる。クラスごとの準備からは外れて、学校全体の実行委員としての役割をする。やりたがる子も多いのに、望みもしない私に回ってくるのも因果なものだ。

 手を振る私。視界に入るクラスメイトたち。私の所属する空手部の子もその中に1人いる。気になって、そっちを目立たないように見た。

 彼女、キョンちゃんは、今どうしてるだろう。

 視界の中心にすえない見方で、私の斜め前に座っている彼女を見た。

 彼女は、おずおずと、びくびくと周りを気にしてたまらない感じで、少し振り返って私を見ながら手を叩いていた。少しうつむき加減で、伸びたボブっぽい髪に隠れがちに、作るようにゆがませた笑顔。でも、私を見てうなずくように、ほくろのある口元がもごもご動いていた。何か伝えたそうにしてた。

 私は、彼女だけを見る視線を作らないように気を付けながら、彼女がそうしていることに少しほっとした。そしてみっちょんが「じゃぁ、次はクラスの出し物についてです」と言ったので、みんなも私も、さっと静まって前を向いた。

 実行委員になったので、私はクラスの準備とは無関係になった。

 私は委員になってからのことを考えた。

 クラスとの関係でいえば、委員会に出席して連絡事項を伝える。クラスはそれに基づいて出展の準備を進める。委員としての役目も割り振られる。でも、それが会計だろうが当日運営だろうが、普通にやれば終わるだろう。別に不安はない。

 そして、もう1つ仕事がある。

 実行委員が所属しているクラブは、何か出展をしないといけないルールがあった。

 つまり、私とキョンちゃんの所属する空手部のことだ。

 メンバーは多くない。3学年足して10人少し。榊のこと以外どうでもいい私にとって、本当はこの学校もどうでもいい。勝田おじいちゃんが入れてくれたから、ありがたく来ているだけだ。でも、空手部だけはちょっと意味がある。

 私は、いつか榊を守るためにと思ってこの部活に入った。何かは分からないけど、いずれ榊には「敵」が現れる気がする。そのとき私は、盾になるだけでもいい。それで榊を守れるのなら。私は何にでもなる。榊をいじめるもの、それが過去のことであっても、それは私の敵だ。

 部員は全員、もちろんみんないい子だ。空手部に入っているからといって別に暴力信仰のある子たちでもない。賢くて、頭の回転が速くて、言い争ったり怠慢だったりもしない。この学校標準の人たち。だから、何でもいつでもきれいにまとまる。

 だから、出展する内容をもめることもないだろう。誰かがさぼって間に合わないとかもない。目の前で進行する、このクラス展示の内容決めのように。またさっさと議事は進行していた。私には挙手の権利もないから見守っていた。ほどほどの数の複数案から、地域にある自然の調査と展示に落ち着いた。定番だ。

 必要十分な、たいして楽しくもやりがいも、面白くもない普通の展示になるだろう。

 そういうものだ。決めることが大事で、やれることをするのが大事だ。こういうことは特に、クラスの半分くらいいる幼稚舎からの子たちを中心に、あうんの呼吸で全部決まってゆく。学級委員のみっちょんも幼稚舎からの生え抜きだ。

 私は、それをいいとは思っていない。でも、悪いとも思っていない。クラスメイトのみんなと私の感覚が少し違うところがあるとしたら、子どものころからマヤにいた私が、勝田おじいちゃんが死んでからのマヤとこの風景を重ねて見てしまうこと。それだけだ。

 少しつまらないだけ。

 みんな、賢くて優秀な人の集まりだ。

 私のような、何とか血統書付きのみんなと合わせる努力を無気力にやっている、そんな野良犬が言うようなことではない。

 それに、榊が関わらないことなら面倒なだけだ。

 視界に、斜め前に座るキョンちゃんの背中が入った。やっぱり背中を丸めて、うん、うん、としていた。もう彼女には、誰も意見を聞かない。話しかけない。

 数少ない、高等部から入ってきた1人であるキョンちゃん。1年生の時の、あの元気な彼女だったら、後先考えずに「オリジナルのミュージカルをしよう! おれ、台本書くよ!」とか言ったかもしれない。

 でも、あのころの彼女はもういなかった。

 この学校の、明るくスマートで賢い、チャレンジも失敗もしない、そんな雰囲気を乱す人ではなくなっていた。

 彼女の背中を見て、なぜ高等部入学なんてあるんだろうと私はふと思った。去年の、小さなきっかけからの彼女への「いじめ」は品良く穏やかに、声を荒げるようなことはなくエスカレートするばかりだった。見ても分からないこともたくさんされている。

 そして、それは「ない」ことになっているのも無言のルールだった。

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