誠 ビジネスショートショート大賞、応募129作品の頂点はこう決まった激論・最終審査会(4/6 ページ)

» 2012年11月16日 11時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

――清田さんが次点で推した「曇り空の日本から」。

清田 これは「グェンさんのこと」と同じ理由です。物語というよりか、中国人の感覚がよく出ているなという部分が優れていると感じました。

 今の時期に中国人でありながら日本に住んで、しかもビジネスを立ち上げようとすることって、日本に住んでいると「何でわざわざ」みたいな感じがあると思うのですが、そういう人もいるんだということを考えさせるきっかけになるかなと。大賞や優秀作品というわけではないと思います。

山田 いい作品ですよね。「ああそうなんだ」という気付きもあるし。

 ただ、僕が言っておきたいのは、一番最後が「見上げた空は今までと全く違う空だった」。これはダメ(笑)。

清田 オチ重視派としては(笑)。

山田 空を見上げたら文学っぽいですよ。でも最後、本当にひねることができると思うんですよ。一文でもいいから。

清田 最初に謎めいた池の周りを歩いているので、最後も池で終わらせれば分かるかな。

渡辺 最後に何かひねってそこでばっさり切るとかでもいいんですよ。空を見上げたら、ふわっとしちゃって終わるので。

清田 長編だと最後に東の空を見上げてもいいかもしれないですが、序破急がすべてのショートショートだとオチの重要性が高いから、ちゃんとひねろうよみたいな。

渡辺 星新一は何をやっていたかということを思い出してほしいですね。

加藤 落語みたいにスパッと終わったりしたらこういうのは気持ちいいです。

山田 空を見上げちゃうと、おあとがよろしくないんですよね。

渡辺 「拍手していいかな?」みたいな(笑)。

――そろそろ候補に近いところで「絆創膏」。

山田 短くていい作品ですよね。

吉岡 米国の小説でこんなのがあったような。オープニングがSFっぽいのですが、オチの付け方がサマセット・モームぽいなと思いました。

山田 またオチの話をすると、「結婚指輪と同じようなもの」と言うのがうまいんですね。最後に結婚という人生の問題に落とし込んでくるこのうまさは、空を見上げた人にぜひ学んでほしい(笑)

 そして、人名を出さずに書けているというのもあります。「この人事部長は」という書き方をしていますが、人名は一切出てこないので、コンパクトにできるんですね。人名を出してしまうと、どうしても僕らはその人物に引きずられてしまうので。

渡辺 この字数だと本当は人名を出さないくらいの方がいいんですよね。

山田 そのあたりもうまいですね。僕は推していないですが、「絆創膏」は仮に大賞になっても文句は言わないくらいのレベルだと思っています。

――結構本命に近いですかね、「営業刑事は眠らない」。清田さん以外はコメントいただきましたが。

清田 「ターゲット」と似ていたので選ばなかったのですが、確かにすごくうまいと思いますね。選ばなかった理由は、僕は一次選考から応募作品を読んでいるのですが、希望がない話が多かったので、希望がある話を優先して選んだというだけです。

吉岡 ただ、絵にした時に華やかさはゼロですよね。若いおじさんと年をとったおじさんの2人という(笑)。

加藤 唯一難点を言うと、爆発力がないところですね。うまいのでこじんまりしちゃっていて、グワッと来る感じがないんですよ。

渡辺 熱意を持って推しづらいところがあるんですよね。

山田 ベタなんですよ。「地味なおっさんが実はすごかった」というのはベタベタなので、よくできてはいるのですが驚きがない。ただ、その驚きのなさをカバーしているのが、債権回収の専門的な話なんですよね。

 債券回収の話が若干マニアックなので、わざとベタにしたのかもしれないですね。そこまで考えてベタにしたなら僕はOKだなと思っています。複雑にはできるんだけど、債権回収の部分を軽く見せるために、あえて登場人物自体はシンプルに分かりやすくステレオタイプにしたのなら、なかなかの策士です。

加藤 もうちょっと字数があれば女の子を出したり、回収のところをもうちょっとエグくしたりしら、グワっとくるところを出せたのかもしれないですね。

――吉岡さんが推した「社会科学とネコ耳女」。

吉岡 後半のお金をためる話とかは、ちょっとうまく行きすぎな感じはしますね。ここまでいっぱい、お金増えるかな?

清田 すごく素直に読むと、ごく普通のサラリーマンが1億円ためられるという話になるのですが、「実際そうなんですか?」という。

渡辺 間違ってはいないですが、今の経済環境では高い利回りが期待できないから、難しいんじゃないかな。作者が悪いんじゃないんだけど(笑)。

加藤 前半、超面白いと思ったんですよ。スタンガンを押し付けられるところとか、パラグライダーの部分とか最高だと思ったんですけど、後半が普通の話になってもったいなかった。だから、比率の問題ですね。お金ネタじゃないネタで、もっといってほしかった。

山田 お金の説明とストーリーの比率が5:5になっていますね。ただ、会話だけで読ませられたというのはほめられるべきですね。言いたいこともちゃんとありますし。

渡辺 文章が心地いいんですよ。だからストレスなく入っていける。自分の気持ちが乗り過ぎると、このスルスル感は出ないんですよ。一歩引いて書いているので、文章を書き慣れている人なんじゃないかな。エッセイ的なものをお願いすると、いいものを量産してくれそうな気配がします。

山田 タイトルですが、広い意味での社会科学といえばそうかもしれないですが、頑張ってほしかったですね。

加藤 「もしネコミミの青い服を着た女の子がなんとかかんとかだったら」とかいうタイトルだったら良かった(笑)。

山田 「ネコミミ女が1億円くわえてやってきた」みたいなつかみがほしかった。次回ぜひ頑張ってほしいです。

――そして加藤さんと清田さんが推した「ターゲット」。

清田 「営業刑事は眠らない」「ターゲット」「誰でも売れるんだ」の3つは似ているんですよね。

山田 「ターゲット」はうまいですよ。すでにみなさんがおっしゃられたのですが、店長が成長する話とバイトさんが成長する話が2つパラレルに入っています。ショートショートなのにある種、複雑な技法を使っているので、技術はあると思います。

渡辺 ひたすら商売の話をしているのにちゃんと読み物になっているところがえらいですね。

吉岡 ためになるという意味ではいいと思ったのですが、スピード感やリズム感など小説として読んでいて楽しいかという意味では「社会科学とネコミミ女」や「営業刑事は眠らない」の方が楽しい気はしました。「ターゲット」はリアルな話を盛り込んでいる分、どうしても重たいなというのがあって推しにくかったです。

山田 あえて苦言を言うと、もしコンビニの方が書いているなら、もっとマニアックなことを知りたかったですね。お年寄りがターゲットだからうな重を出すというのは、素人の僕でも想像できる範囲内なので。「え、そんなことが!?」という驚きが欲しかったです。

――「誰でも売れるんだ」に関してはコメントいかがでしょうか。

清田 希望があるから選んだのですが、最後おっさんが涙ふくじゃないですか。「俺もあと何年かするとそういう年になるのかな」と思いましたね(笑)。

山田 これ惜しいのは、最初に「昔の話です」と言っておいた方がいいんですよ。主人公たちが営業するマイラインって、昔あったものですよね。「これはいつの話なんだろう」と不安に思いながら読んでしまうので、最初から「これは10年前の話ですよ」というのを書いてあったら、もっと素直に読めました。これは技法の問題ですが。もうちょっと構成を考えたら、僕はもっと良い作品になったと思います。

加藤 そうですね、僕も同じだな。中身は面白いのですが、ちょっと読みづらいので評価が落ちてしまった。

――山田さん一押しの「悲しい地歴」。

渡辺 これはマンガ原作に持っていくと面白さがあるうちの1つですね。もしかすると小説として評価しなくてもいいかもしれないです。筋立てと構成ギミックだけを見て、良かったらOKという賞もありかもしれないとは感じました。

吉岡 山田さんが高い評価だったくらいリアルということなので、素人には難しかったというのはあるかもしれないですね。

渡辺 ただ、漢字や業界のテクニカルワードが多いんですよ。そこでどうしても頭の処理が追い付かなくて止まってしまうというのはあったと思います。

吉岡 中盤くらいから分からなくなってくるんですね。鑑定士が出てきて、相続税の規定には広大地というものがあって……といったあたりから、だんだん付いていけなくなってしまうという。最後まで読んで「ふーむ、なるほど」と思ったのですが、「面白い」よりも「ふーむ」が来てしまったという。

山田 僕からアドバイスを言うと、不動産屋の須藤というキャラクターの造形ですね。もうちょっとみんなに好まれるキャラクターにできなかったのかと。ただの嫌なやつなんですよ。もし、かわいい女の子だったら、もっととっつきやすかったかもしれない。

加藤 確かにそうですよね。税金の話とかって、はっきり言って面倒くさいじゃないですか。あまり愉快な話でもないので、キャラは愉快にするとか、どこかに愉快さは欲しいですよね。

山田 会計でも法律でも、難しいジャンルになればなるほどキャラの魅力って重要なんですよね。キャラが魅力的でないと、重くて読めないので。

――最後に「三匹の社長」。

渡辺 そこまで強く推してはいなくて、「みなさんどうでしたか?」くらいです。

山田 あえて苦言をていすると、会社名がアルファベットだと僕は拒否反応を起こすんです。IBMやSONYのように3〜4文字で短かったらまだいいのですが、WARAやRENGA、MOKUZAIといった会社名を僕は認識できなかったです。漢字でもいいのに。

渡辺 何でこうしたんでしょうね。ロゴみたいな社名にしたかったのでしょうか。

加藤 「三匹の社長」と「なんて素敵にフェイスブック」がそうなのですが、僕は読んでいて一段落が長いのがつらいかなという気がしました。

山田 会話も長いですしね。合いの手があった方がやっぱり読みやすいです。逆にそれを直せばすごくいい作品になりますね。

清田 インタビューされた人の発言が並んでいて、最後にこれが良かったですとなっているのですが、並んでいる意見があまり戦わせられていなくて、「結局この3つの意見は自分の中でどう処理したらいいのか」とは感じました。

渡辺 そこは寓話だから投げ出しているんですよ。不条理さは寓話形式に合っているところもあって、現代劇でこれをやったらその突っ込みは正統ですが。

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