「政治もマスコミも“福島”を収束させようとしている」――南相馬市長が語る復興の現実(3/3 ページ)

» 2012年11月02日 11時30分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
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多くの人に現実を共有してもらいたい

――野田首相は脱原発すると発言したと聞いていますし、前内閣府特命担当大臣(原子力行政担当)の細野豪志氏も経済産業大臣の枝野幸男氏も同じようなことを言っています。桜井さんは回帰的とおっしゃいましたが、私は基本的に日本政府は原発を完全にあきらめる方針を固めたと解釈しているのですが、これは正しい理解でしょうか。

桜井 政府はエネルギー基本計画策定にあたり、全国で意見聴取会をしました。結果として、70%以上の方々が原発をゼロにすることを望んでいました。しかし、残念ながら閣議決定されない結果に終わりました。

 脱原発を決めた政権が法律に書きこむような形がとれれば最善だと思っていますが、政権が変われば、大きく逆戻りする可能性が強いのではないかと感じていますし、明記されない現実について非常に憂慮しています。

――原発事故で避難を余儀なくされたことで350人がお亡くなりになったというお話をされたのですが、具体的にどういう亡くなり方をされたのか説明していただけますか。

桜井 原発事故で原発から30キロ圏内に入ったところは、ほぼ医療は壊滅しました。南相馬市の地域医療もベッド数ゼロにまで追い込まれました。患者は市外各地への病院に搬送させられました。介護施設の入所者は入所できなくなり、全国各地へと避難をさせられました。その多くの過程で患者が亡くなりました。また、避難先で今までかかっていなかった病気を発病して亡くなられた方もいます。医者や弁護士の認定を受けた患者としての死亡者数が350人にのぼっているということです。

――原発事故での避難によって南相馬市だけで350人が亡くなったということですが、避難という選択肢は本当に取るべき正しい選択なのでしょうか。

桜井 ご指摘の通り、20キロ、30キロに線を引いて避難させたことによって、多くの患者が亡くなりました。この現実を踏まえて、特定避難勧奨地点から計画的避難区域になった飯舘村は、我々の教訓を糧に特別養護老人ホームを避難させないことを決めました。

 弱った患者たちが、よく分からないまま避難させられました。あの深刻な状態の中で、春先の冷たい気温の中、移動させられてのダメージがどれほど大きかったか。放射能によって死んだわけではないと思いますが、放射能事故によって避難させられて亡くなる原因になってしまった。これは日本にとっても世界にとっても大きな教訓としなければならない現実だと思っています。

 医療の現場も同じです。コンクリートに遮蔽された建物がどれほど放射線を遮断できるかということも含めて、今、避難させないといけない人と、避難させてはならない人とをしっかり分けないと、犠牲者が増える結果になると思っています。

――原子力規制委員会が、安定ヨウ素剤の使用については原子力規制委員会が決めるべきだと言っていますが、これについてどう思いますか。

桜井 安定ヨウ素剤は、南相馬市が大混乱になる中、配ることができませんでした。一部にしか備えていませんでしたし、配る方法も分かりませんでした。これによって、多くの方々が内部被ばくしたのも事実だと思います。

 今回の原子力規制委員会が配ることも含めて決定する方向ということは、リスクに対する備えとしてはあってしかるべきだと思いますが、現場でどのような方法で配布し、どのように服用するかはまだ学んでいません。これをしっかり伝えることが必要だと思っています。放射能に対する教育と同じように、ヨウ素剤の服用の仕方も、我々にしっかり教えていただく努力が必要だと思っています。

――今行われている除染活動で課題になっていることや政府への要望があれば教えてください。

桜井 昨日も復興庁と環境省にお願いしてきました。本格除染のスピードが上がっていませんが、その原因は仮置き場の見通しがなかなかつかないことにあります。

 そこには「国が探している中間貯蔵施設の見通しも立っていないのに、なぜ我々のところに仮置き場を設置しないといけないのか。いつまで置かれるのか」という不安がいっぱいで、仮置き場さえも認めたがらないことに加えて、現場での技術が生かされない現実があります。新しいより効果的な方法も残念ながら財政的措置がされないために採用されない現実があります。これを現実に即した形で対応してほしいと申し上げています。

――ドイツは原発事故後、脱原発政策にかじをきったわけですが、日本とドイツの行動の違いを首長はどう受け止めていますか。

桜井 日本人は過去から現在に至るまで理知的な民族だと思っていますが、現実的に経済の利害関係だけを追ってみると、「国民の利益」という政治家が言う言葉と逆行して、企業の利益や現実的にもうかる産業にいかにシフトしていくかということから逃れられていない、つまり日本の原子力ムラが現存しているような現実があるのだろうと思います。先ほども申し上げましたように、国民はもうすでにそういう世界から離れようとしているんじゃないかと思っています。

 一方、ドイツ人は非常に合理的な決定をする民族ではないかと思っています。それは多分ドイツの歴史、ゲルマン民族の歴史も含めて自分たちの民族にいかに永続的な繁栄をもたらすかという手段として、迅速な決定が必要だったという、民族が通ってきた歴史的な過程によるものと思います。

 日本は江戸時代を考えると、非常に理知的で環境にやさしい生活を営むことを当たり前としてきた民族だと思っています。近代国家になって、欧米に追い付くことのみを先行して志向し、その結果として多少の成功を得ましたが、言葉は正確ではありませんがそれにおぼれた瞬間があったのではないかと思います。質素さや、精神的な豊かさを求めることを常としていた過去を振り返るだけの時間があれば、もっと賢明な判断ができるのではないかと思います。

――思想家の東浩紀さんが「福島第一原発観光地化計画」を提案されています。被災地を観光地化して震災について考える場にすれば、関心が高められ、建設的な討論が行われるための土壌が生まれるのではないかということです。一方でそれは不謹慎ではないかとの声もあるのですが、被災地を観光化することについて、どのようにお考えか教えてください。

桜井 私は4月16日に警戒区域の解除に応じました。津波、原発事故の被災地では初めてです。その目的は住民に自由に立ち入りしてもらうことと同時に、多くの方々に現実を知ってもらうことが必要だと思っていたからです。

 防犯上の不安など、さまざまな問題がありますが、現実を現実として見ていただいて、それをツアーにするかの問題は別として、多くの人に現実を共有してもらい、力を貸していただきたいという思いでいっぱいですので、来ていただいて現実を見ていただくことには何のためらいもありません。

――先日、国際赤十字赤新月社連盟が、福島の原発事故によって避難を余儀なくされている状況は、人道上の危機だと指摘していました。市長は人権の侵害ということについて、どのようにお考えですか。また、基本的人権の尊重や健康的な最低限度の生活を保障した憲法に背いているということで、司法の場に訴えることは考えていますか。

桜井 ご指摘のように憲法に違反するのではないか、人権を侵害しているのではないかという指摘があります。私もそのように感じている一人です。それを司法の場に持ち込むかどうかという問題を指摘する人もいますが、裁判で戦うことと政治を変えることのどちらを優先すべきか考えている最中で、判断できていません。ただ、指摘があったように、現状、生活できる権利を奪われていることは間違いないとは思っています。

――数週間前から報じられていることですが、復興予算が復興や防災とはまったく関係ないところに使われているというニュースについてどう思われますか。

桜井 復興予算が現地に使われていない現実を指摘されたのは、まったく不幸なことだと思っています。日本の再生のために、被災地にしっかり財政出動して立て直すことが何よりも重要です。例えば官庁の立て直しなどに予算を使うことがなぜ同じような復興予算になるのかということは疑問に思うところですし、被災地がしっかり復興するように適切な執行を望むところです。

――将来的に南相馬市が人口や文化的な活動、経済活動や社会的な性質について元の姿のようになることは考えられますか。

桜井 元通りには再生しないと思います。この現実からして、ありえないと思っています。しかし、質的には新しい街作りができるだろうと思っています。南相馬市が抱えた現実というのは悲劇です。ただ、ここから立ち直るという新たな形での街作りに対するエネルギーもありますので、同じ形ではないにしても質的には新しい街になるだろうと確信をしています。



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