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» 2012年10月03日 08時00分 UPDATE

MBA僧侶が説く仏教と経営:刺激すべきニーズを見つけよ――“仏教的マーケティング”のススメ (1/2)

東大卒業後、インドでMBAを取得した僧侶・松本紹圭氏。連載では経営用語を仏教用語に置き換えながら“借り物でない日本的経営”を思索していますが、今回は「人がどう生きたいか」と正面から向き合う「仏教的マーケティング」の提案です。

[松本紹圭,GLOBIS.JP]
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松本紹圭(まつもと・しょうけい)

1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。蓮花寺佛教研究所研究員。米日財団リーダーシッププログラムDelegate。東京大学文学部哲学科卒業。超宗派仏教徒のWebサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、お寺カフェ「神谷町オープンテラス」を運営。2010年、南インドのIndian School of BusinessでMBA取得。現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。2012年、若手住職向けにお寺の経営を指南する「未来の住職塾」を開講。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイヤモンド社)、『「こころの静寂」を手に入れる37の方法』(すばる舎)、『東大卒僧侶の「お坊さん革命」』(講談社プラスアルファ新書)、『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァー21社)、『脱「臆病」入門』(すばる舎)など。


 「マーケティング」とはひと言で言えば、「顧客のニーズを満たす」ことと私は理解しています。現代マーケティングの一人者とされるフィリップ・コトラーによれば「ニーズ」とは、「人間が生きる上で必要となる基本的な条件」を指します。衣・食・住を始め、教育、娯楽、コミュニケーション、などさまざまなものがあります。

 ニーズについて説明する際によく引き合いに出されるのが、マズローの欲求5段階説です。マズローは人間のニーズには階層があり、基礎となる下の階層から上へ順に、生理的欲求→安全欲求→社会的欲求→自我欲求→自己実現欲求という5段階の欲求があるとしました。まずノドの渇きが癒やされなければ身の安全まで意識は回らない、安全が確保されなければ友情や愛情など求める気にはならない、そういったことです。そして、「人はこれらの欲求を下から順に満たそうとし、満たされた段階で上位の欲求へと移行する」と説きました。

 とてももっともらしい説であり、私も義務教育の教科書で学んだ記憶があります。しかし、矛盾も多く、例えば大きな夢を抱きながら極貧生活を送るミュージシャンや作家の卵が、生理的欲求のみで生きているとは到底思えません。人間はいつどのような希望を抱くことも自由なはずであり、ニーズに順番を付けることはナンセンスです。コトラーが『マーケティング3.0』で明らかにしたように、マズローは後年、自説の誤りに気付いて修正を加えたそうですが、どういうわけかその点は触れられることが少ないようです。

ニーズを作りだしているのは必ずしも消費者本人ではない

 民主主義社会において、どのようなニーズを持つことも消費者本人の自由であり、ニーズの種類に優劣はないことが前提とされています。

 人はそれぞれ生まれ持った個性も置かれた環境も異なるのだから、生理的欲求が強い人もいれば、自己実現欲求が強い人もいる。企業もその役割によって、それぞれターゲットとするニーズが異なってしかるべきだし、その価値は消費者が決めるべきだ、ということになっています。ですから、マーケティング論では「満たすべきニーズ」と「満たすべきでないニーズ」が論じられることはありません。なぜなら、あくまでニーズを決める主人は消費者であり、企業はそのニーズに従属するもの、という構図になっているからです。

 しかし、これは少しおかしくはないでしょうか。

 この構図に従うと、人間が望むあらゆることが「満たすべきニーズ」として扱われるようになってしまいます。極端な話、麻薬や殺人などもニーズです。もちろん、そのようなことがビジネスにならないよう法律が存在するわけですが、法律は線を引く役目を果たすだけで、万能ではありません。例えば、大量に砂糖の入った炭酸水を売る会社の業績を大きく伸ばすことが、本当に賞賛されるべきことなのかどうか、私には疑問です。

 確かに、何か商品が売れるということは、そこにニーズが存在するからであり、そのようなニーズを人が持つことを非難することはできません。でも、「マーケティング」という言葉が「マーケット+ing」でできているように、現在の企業がマーケティングとして実際に行っていることは、「顧客のニーズを満たすこと」だけでなく、「顧客のニーズを刺激すること」です。つまり、消費者に対して「あなたがどのようなニーズを持つとしても、それはあなたの自由です」と言いながら、実際にはテレビや新聞などのマスメディアをたくみに利用して、無意識のうちに消費者を誘導しているのが、企業活動の現実です。

 企業は自分が売りたいと思っているものが売れるよう消費者をコントロールし、消費者があたかも「自分が買いたいと思った」かのような状況を作り出しているに過ぎません。顧客は押し付けられたニーズを自分のものと信じ、誘導に従って“自己責任”で、本当は必要のないもの、必要ないどころか悪影響を受けるようなものまで買わされることになります。

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